教室で誰かが笑ってた

「わー。すっごーくかっこいいスーツですねーぇ。似合ってるーう。」
過剰なまでに騒ぎ立てて誉めちぎると、オヤジは満足げにニヤニヤと笑い、私に酒を勧めた。きっと、数十万は下らないだろう。一方私は、胸をヌーブラで寄せて、Tバックに、露出ある衣装。それらには特に大きな抵抗もなく、うさぎの耳が取れないよう、ヘアピンで固定した。
今年27にもなるのにどうしてバニーガールを着ているんだろう。そう思いながら、今年も足を洗えなかったんだなという葛藤と、寿退社とは無縁の人生なんだろうな、という絶望が襲う。しかし義務がないのは心底楽なのだと思うと、それでもいいのかもしれないとも思う。
雨に濡れながら終電で帰宅しようとしていた私に、知らないおっさんが傘を渡してくれた。若い女に優しい、中央区の夜。躊躇うことなく笑顔でそれを受けとると、終電の電車に向かい、足早に駆けていった。
時には開き直りも必要だから…手取り20万いくかいかないかで大幅に時間を支配される、事務職OLが名残惜しくもならなかった。満員電車のストレスも、睡眠不足によるストレスも、味わうくらいなら死んだ方がマシかもしれない。
酔っ払ったNo.1の女が待機でベロベロで、寄りかかってきた。
「ごめんね、私酔っちゃって。」
細くて長い手足に、整った容姿。女の私でも一瞬ドキッとして、あーこりゃこの仕事で経済を回せるのは必然だな、と思った。
「あ、大丈夫ですよ、無理なさらず……。」
それだけ言うと、彼女は口角を上げ、微笑んだ。彼女は、とても美しかった。
10年前が17歳というと、まだ私は高校生だった。自殺するかしないかで葛藤するほどの、当時のような悩みもなく、ただ毎日は過ぎていく。そうやっておばさんになっていくのだろう。だいぶ生きやすくなったものだ。クラスメイトに出ていけコールをされて机の中の教科書も持ち帰らずに、鞄をおもむろに持って教室を出ていった日のことを思い出した。全く忘れることなんてないんだなあと思いながらも
、別の世界の出来事だったようにも思える。なんて被害者ぶりながらも加害者だったこともあり、被害者ぶる権限は何処にもないな、と感じる。理性を持った、正しい大人になりたいという、当時の願いは叶わなかった。
そういえば西鉄バスジャック事件の再現ドラマを見て、涙がボロボロ止まらなかった。恐怖からではなく、加害者に感情移入をしたから。加害者は、17歳だった。
人を殺したいほどの絶望に直面した時、一体人間はどうなるのだろう。もちろん加害者が正しいとは思っていないし、被害者は本当にやり場もない怒りがあると思う。落ち度もなく、理不尽に殺されてしまったのだから。
でもどうせなら、何の罪のない人を殺すのではなく、自分をいじめてきた学生時代の同級生を殺せば良かったのに、とも思う。どーせ少年法が守ってくれるんだから。
「誰からもわかってもらえず、辛かったんだね。」
加害者に、被害者はそう声をかけたそうだ。重体になるほど刺されて生死をさまよい、顔にだって消えない傷を残されたのに。恨むのは当然なはずなのに。加害者は、その言葉を聞いて、涙したそうだ。私は、その涙が嘘だったとは思えない。怒鳴られるより、嘆かれるより、許されることが一番辛いのではないのだろうか。でも、向き合うしかないのだから、贖罪の方法を日々考えながら、生きていくのだろう。
私は人を殺さずに、前科もなく27歳に今年なる。結婚するか会社員でいるかも叶わずに、適当に義務なく暮らしている今を徹底して楽しめばいい。イケメンに持ち帰られるために急ピッチで酒を飲んで酔っぱらって、明日のことも考えずに思うがままに行動出来る気楽さに、感謝したら良い。
ラブホのベッドで朦朧としながらあーチンコ突っ込まれてるなーってかゴムつけてないやないかい。ま、ピル飲んでるしいっか。大丈夫大丈夫気持ちいいし、これくらいじゃ死なないよな、いやむしろ死ねたら嬉しいか、アハハと思いながらヘラヘラしつつ生挿入されていた。男はどこに出せばいい?とか聞くけどそれくらい自分の頭で考えようやとも思うし、まあ聞いてくれるだけ親切なのかなとも思ったり。
そういや飲み会で顔射の話しした時に、その男だけ顔射したことあるって話で盛り上がったっけ。うーん、どうせワンチャンだし中出しサービスするより顔射の方がセフレ女感あってエロいだろう。「顔で。」そう言うと同時に顔が温かくなった。まあ帰って寝るだけだし化粧もどうでもいーや。元々顔面は崩れているし。暗いラブホの照明に感謝した。私は顔射とかなんとか、特にそのような嗜好はないけれども、警察沙汰になった男に顔射されたのが最初で最後だと思うと、なんだかなあと思ったのでそれを選んだ。
あの彼はただ単に、キレやすかったからか、殺したいほどの憎しみを抱いてくれたのか。それは今でも分からない。死にたい死にたいその男に言っていたのにいざ刺されそうになった私は、死にたくないと思いながらブーツも履かずにそのマンションを飛び出した。後ろを見たら刺される、誰か助けてと言うのと、近くにあったフライパンを投げたのは同時だった。人生で初めて110番を押した場所が好きで好きでたまらなかった男のマンションだったとは皮肉だ。でも、そういう自分に酔ってるんでしょと言われたら否めない。そんな20歳になったばかりの冬だった。その男は書類送検されたのだろうか。前科はついたのだろうか。
警察の手続きは面倒で、誓約書みたいなのを書かされた。もう会わない、とのような。
付き添ってくれた女警官が言ってくれた言葉は、きっと一生忘れない。
「暴力振るう男だけは止めなさい。」
泣きじゃくる私を説得するかのように、静かにそう諭した。
気づいたら終電はなくなっていて、男警官が二人乗っていたパトカーで、私は実家まで帰宅した。
親は寝ていて、特に話すこともないなと思いながらベッドに入った。その日はなかなか眠れなかった。
その一年前の夏に強姦未遂に遭って警察に行ったことも親には言えなかった。今ではどうかわからないけど、未成年は、大人の承諾がないと被害届を出せないのだ。当時18だか19だった私は、別にヤられたわけじゃないし夜中に爆音で音楽聴きながら帰っていた自分に落ち度があると、全てを諦めた。経験人数1人の夏だったけど、それから徐々に荒れていった。知らない男に乳を揉まれた絶望は、4年後におっパブで働くとは思えないほどのものだった。まあ今となりゃ金さえもらえばなんでもいーよ。時には諦めも必要だ。
そんなことよりも気になるのは、CoccoのRainingという曲の歌詞で、「教室で誰かが笑ってた」という部分。笑ってたのは、嘲笑いだったのか、楽しさによる笑いだったのか。その解釈だけがずっとはっきりしない。だけど、生きていれば勝手な解釈は出来るし、理解できる日は来ると思う。


教室で誰かが笑ってた
それはとても晴れた日で

春が来て本当に良かった

春になると思い出すのは、あっという間に散ってしまう桜と、憂鬱な生ぬるい風。
だけど春は毎年比較的良いことが多くて、私でも幸せになれるんじゃないかという期待が一瞬だけ生まれてしまう。
テレビが見れなくなって放置している私の暇潰しは、専ら読書になった。OLを休職して1年が経過して、これで良かったんだよね、と自分自身を納得させている。好きなだけ眠れて、好きな時間に好きなものを食べれる幸せ。元々失うものなんてなかったのだから、これはこれで良かったのだと思いたい。
大学に入学した春、違う学科の異性を好きになって、処女でどうしたら良いか分からなかった私は、コンビニで彼をよく待ちぶせしていた。一人暮らしの彼はコンビニ飯ばかりと言っていたから、コンビニに行けば会えると信じて。(真面目に授業受けろよ)会えたら偶然を装って、話しかけた。
「わー美味しそうなパン。」
「このカップラーメン美味しいらしいよ。」
ただただ一目会えたら嬉しい、なんて恋愛はこれからもうすることはないだろう。あわよくば、話せたら一日中ルンルンだ。
いつも一緒にいる男の子の顔も覚えたし、女の子とコンビニに来ることはないから、安堵していた。
しかし、のちに彼は同じ学科の女子アナっぽい可愛い子と付き合うことになる。メールが来る度に嬉かったことも、mixiで日記を書いたら足跡が来て嬉かったことも、私は忘れない。そのことをずっと引きずりながら、18の夏に私は適当な男で処女を捨てた。
新卒の春は就職先の研修で1週間京都に行った。毎日くたくたで、実家に帰りたかったし、人間付き合いはダルかった。くっそ、どうして就職なんかしないといけないんだ、と思いながらも同期と仲良くなり始めていた。女の子は専門卒のギャルと体育系の大卒ギャルが固まっていて、私は心理学部の子と、女子大出身の大人しい子と仲良くなった。鏡に映るのは、不自然なくらいに黒い黒染め後の髪に、似合わないスーツ。滑稽だ。ブリーチした汚い茶髪に、ゴスロリを着ていた私はもういない。大学に戻れることはないんだと思うと、ただただ絶望しかなかった。未だに学生の頃の夢を見るのは、学生時代に未練があるからだろうか。同期16人で写真を撮ろうよーとコミュ力のある男子が言うと、私はダラダラと向かった。太って、パンパンの顔を写されたくないから、顎引かないと。写真を撮るときにいきなり肩を組んできたイケメンはチャラそうで、正直良いイメージがなかった。こいつは自分が好きでたまらないんだろうなと直感で感じた。だから私は冷たく接していた。可愛いねと冗談ぽく言われたときに嬉しかったけど、あーそういうの別に大丈夫だから~と軽く流すふりをした。
でも家が近所で一緒に帰っていくうちに色んな面を知れて好きになったし、新卒の研修のときはいつも一緒にいた。新卒のメンバーで呑むことになった日はベロベロで、帰りが一緒だったから私たちは自然とホテルに行っていた。―なんてことはなく、手を繋ぎながら家のマンションに送ってくれて、他愛もない内容のLINEを毎日した。黒髪が好きだと言っていたから黒髪でいようと思ったし、会社に行くエネルギーだった。まあ別の同期の男子から中学の頃の地元の彼女とより戻したって聞いて沈没するんだけど。飲みの帰りに大学の頃の友達に泣きながらそのことを電話をしたのは、今ではネタになっている。
とまあ、叶わなかったからこそ美化されている思い出が沢山ある。ワンチャンした男やセフレのことなんかわざわざ思い出すことなんてほぼ皆無に等しいのに、不思議なものだ。
今年27の私は、そんなエネルギッシュなはずもなく……。婚活パーティーでカップリングした東大卒とイタリアンに行ったり、一橋大卒と和食を食べに行ったり、そんなことばかりしていた。はあ、まだ婚活市場では若い部類だからちやほやされて良かった。数年後のこと?考えたくない……。いくら学歴コンプとはいえ、学歴だけで男を見るような、視野の狭い女である。学歴はいーんだけどデブだから性欲わかねー。結婚だけしてくれねーかな。と思っても上手くいくはずもなく。
「わー。ちょーすごーい。」
次のデートに繋げるためにキャンキャン甲高い声を出して上目遣いしつつニコニコするものの、これじゃない感が強い。だるいしこんなのもうやめてぇよと思ったときに知り合ったのはくそタイプの年下で、一目見たときからあー早くヤりたいなーとしか思えなかった。付き合うとか、結婚なんてどうでもいいから、すっ飛ばしてセックスしたい。いやいや、付き合えたら嬉しいだろうけど烏滸がましいし、とりあえず一発ヤったらこの気持ちの高揚は落ち着くだろう。
今までは、向こうから求められていた。それが当たり前だと思っていた。だってこっちは女だし、Eカップだし。そりゃタダマン出来るならしておこうと思うのが性欲満載である男だろう。(何様だよって感じですな)しかし相手の下心が分かった瞬間に面倒になるし、こっちにメリットねーし、と考えてしまう。
でも今回だけは違った。なんとしてでも持ち帰られたい。直感がそう言うから、私はそれに従った。顔タイプで性格は草食系ってもろタイプだわどうしよう。酒をほどほどに飲み、勢いで自分から手を繋ぎ、満員電車でとりあえず抱きついて、酔ったアピールして、家に転がり込んだ。ただの発情期のメス豚だ。相手は草食系と思ったわりに、3回戦したがるから若いなと思った。ユルいと思われたら嫌だから、早くイってくれることに安心した。大丈夫、まだ下半身の使い道はある。
私はヤりそうでヤらないヤる前の空気が好きで、事後はあまり好きではない。向こうが終わってぐっすり眠ってるときに時計を見たら3時半だった。仕事終わりの金曜日によくここまで頑張れるな、年下だから性欲の塊でもある年頃だよね。化粧を落としたいなとか思ったけど、部屋を見渡した限り化粧落としはなさそうだった。昔から異性の家に行くと見るのは、女の影があるかないか。露骨に綺麗だったり、ナプキンや化粧落しが置いてあると他にも女がいて遊んでいるのだろうな、と静かに悟った。相手がどうでもよければ無視して、相手に執着心があれば、自分の髪の毛を大量に落として、他の女に女である自分をアピールした。3回目のデートまで性行為はしない、みたいなルールを設けている人は少なくないだろう。1回目のデートでヤっても軽く見られたりセフレ要員になるかもしれない、という理由で。それは自分を高く見せるために大切だと思う。でも私は、もう二度と会えなくなるかもしれない相手で、繋ぎ止める為なら全然セックスしてしまう。自分の直感を信じたい、せっかちかもしれないけど。今までの経験上、それでも続くときは続く。細く長くであっても。好きな人が自分を好きでなくても、無料デリヘル本番も出来てコスパ良いわーって理由ででも会ってくれたら、会える口実が出来たら、凄く嬉しいと思う。
ずっと家にいても、男には賢者タイムがあるからヤった女がいても邪魔だろう。私は空気を読んで適当な理由をつけて、始発で帰るわーと言った。駅まで送ってくれたけど、帰り道は肌寒かった。じゃあねと言うのと同時に踏み切りが閉まったから、振り返らずに電車に乗った。酒は抜けてないし、太股は痛いし、ただただ家のベッドで寝たかった。彼は気を使って腕枕をしてくれたけど、めんどくさかっただろう。
毎回思うのは、「また会おうね」って言葉が社交辞令か、本音なのか。でも、そんなの考えること自体が、めんどくさい。だから、下半身で解決しようとしてしまうのか。

金原ひとみの小説の『アッシュベイビー』を私は読み返す。もう何十回も読んだ。今までの人生で、おそらく一番読んだ小説だろう。読むたびに解釈が変わるから、小説は好きだ。さっき書いたようにテレビが見れないから本ばかり読んでるけど、綿矢りさの小説も読んだ。金原ひとみ綿矢りさの二人が20歳とかそこら辺で賞を取ったのは、10年以上経っても印象に残っている。
『アッシュベイビー』の好きな台詞がある。
「私の心は射精してもらえない。彼は私の心に射精しない。もう、挿入すらしない。私は泣きそうだった。泣いてしまいそうだった。」
執着して、キスもしてセックスもして結婚もしたけど、距離が縮まることがないことへの葛藤だろうか。主人公はヤリマンだし、太股を包丁で刺すし、キャバクラでは売れてるけど問題は起こすし、クレイジーだ。いや、クレイジーという言葉で片付けるのもどうかと思うけど、もしかしたら繊細すぎる裏返しなのだろうか。
「籍を入れても、やっぱり私たちは一歩も近づけない。彼は心を開いてくれないし、心を開かせてくれない。それでいいのかもしれない。だってもし心を開いてしまったら、彼は私を一生殺してくれないだろうと思うから。いや、私はこんな言葉で逃げているのかもしれない。本当は心を開きたいのに、拒否されるのが怖くて殺して欲しいという思いに逃げているのかもしれない。本当は、彼に自分を全て見せて、見せ尽くして、それでいて愛して欲しいなんて傲慢な思いを持っているのかもしれない。いや違うかもしれない。本当はいつまでも拒否し続けて欲しいのかもしれない。そしてこうやっていつまでも私を軽く受け流して欲しいのかもしれない。だってわかってる。結局、私たちはセックスをして、キスもして、結婚までしたけど、距離は全く近づかない。そして結局なんの意味もない。クスクス笑うと、村野さんは鼻で笑った。私が今どんな気持ちなのか、彼は鋭く読んでいるのかもしれない。むしろ、私がそんな気持ちになるのを知ってて、結婚を承諾したのかもしれない。だとしたら……それでも私は彼が好きなんだろう。」
「こっちが求めてるんだ。私が求めてるんだ。私の方が求めてる。だから私に与えられるのは当然なのに。だのに私には残念賞しか当たらない。ビンゴには一生行かない。宝くじも一生買わない。競馬も、スロットも、競輪も、ロトも、何もやらない。だから私に最高の死を下さい。彼の手から与えられる、唯一の幸せを私に下さい。ビンゴ、と叫びたいのです。ビンゴ、っしゃあ。と、ガッツポーズで彼を手に入れたいのです。」
物語は突然終わる。
「何者にも存在がなかったら私は何者でも許せるのに。何だって許せるのに。それでも私は村野さんの存在を信じる。存在なんてなかったらいいのに。いや、でももしかしたら村野さんはいないのかもしれない。いなかったのかもしれない。ここには、今この部屋には村野さんはいなくて、村野さんに対してはただ好きですという言葉しかない。ああもうすでに私は、灰なのかもしれない。村野さんは私を吸いきってしまったのかもしれない」
執着していた村野さんは、最初からいなかったのか、幻想の存在だったのか。それでも主人公は村野さんに殺してもらえたのか。それが分からないから、私はこの解釈を求めて何回もこの作品を読んでいるのだ。
「ぎゃあー、と泣いた。赤ん坊のようだ。いや、かつて私は赤ん坊だったのだ。もしかしたらあの赤ん坊は、私なのかもしれない。私は彼に殺してもらって、愛のない世界を生きたかったのかもしれない。笑いながら、送り出してほしい。それも、抱えきれないくらいのおっきな愛情を持って。ここには死がない。ここにあるのは、ただ存在が消えるという事だけだ。悲しすぎて、私はもう涙がダクダクで、マンコも泣いて」
主人公は自分が気づいていないだけで、異様なまでに執着出来る、宗教的な存在に出会えて幸せではあるだろう。そこに、そこにだけではあるとは思うが、救いは存在している。殺してもらえても、殺してもらえなくても、違った喜びがあるはずだ。好きな人が側にいる限りは。
そんなことをぼんやり考えつつ、春風に吹かれながらCoccoを聴いて悦に入って、映画『リリィシュシュのすべて』もまた観たいな、なんて思いつつ、何もなかった今日を終える。

中学受験の憂鬱

壁には「栄光を掴め!」と大きな文字で力強く書かれた貼り紙が貼り付けてあった。
義務教育ではない、中学受験に向けての学習塾だった。僅か10歳で、その戦争に私は参加した。まだ当時小学5年生だっただろうか。
私の通っていた小学校は中学受験をする人口の方が多いほどの、教育に力を入れている者が多い小学校だった。
中学受験の過去問を、小学校の授業中に解いていた男子がいた。もちろん彼は先生に怒られた。すると彼は
「じゃあ先生。僕が中学受験で行きたい学校に不合格だったら、先生は責任が取れますか?」
と言った。今思えば、生意気なガキだ。でも私は、その子の振る舞いが格好いいと思って、少し好きだった。彼は、御三家の男子校に落ちたものの、偏差値60越えの男子校に合格していた。先生は、しどろもどろだった。勉強の毎日でストレスのたまった教室内のはりつめた空気は、今でも覚えてる。学習塾のストレスの捌け口が、小学校だったのだろうか。受験の一週間前からは、クラスの半数近くは休んでいた。(風邪になったら受験に影響し、困るから。)
結論からすると、私は1校の学校には合格したが、2月1日、2日、3日と連続で受験に不合格だった。
正気になれずに、泣き出しながら塾の先生に電話をする私。普段は厳しいのに「泣いても仕方がないから他の入試を頑張れ」と励ます塾の先生。レベルの低い私の受験に全く興味もなく、教育に1銭のお金も出さなかった父親。(兄は御三家も受けていたので東大を目指していたらしく、積極的に父が説明会等行っていたらしいが)今さら公立に通うなんて嫌よ、塾にいくらかけたと思ってるのよ、と叫び寝込む母親。ただただ冷静に、高校受験もあるんだからと、苦手な科目の勉強を教えてくれた、国立の中学に通う兄。
いくら小学6年と言えど、流石に不合格続きで不安しかなかった。小学校の子には、塾の子には、何て言おう……。2月4日は2月5日の試験に向けて大勉強をした。今では学習塾で教務主任をしている兄は、勉強を教えるのが上手かった。
「落ちても高校受験があるからいいじゃない。」
兄だけが味方な気がした。しかし、兄弟でも出来が全く違い、本当に恥ずかしかった。
2月5日に、最後に受けた、中高一貫の女子校には、合格していた。
ネットでの合格発表で合格を知り、そこからその学校に、家族全員で行った。掲示板にも、自分の受験番号が書いてある。本当に合格だったんだ。公立中学に行かずに、私立に通えるんだ。
本当に幸せだった、その時までは。だってその後、クラスで孤立して一人でお弁当を食べたり、担任が援助交際で捕まったり、留年の危機に陥るなんて思ってもいなかったから。楽しい生活だけが待っているとその時は思った。その学校を中退した子は、せっかく頑張って入学したものの、沢山いた。
可愛いと有名だった制服のセーラー服を、卒業した後に掲示板で知り合った制服マニアのおじさんに高価で売るとも思っていなかった。
中学受験は、僅か12歳で人生の勝敗が決まってしまう。でも、別にそれでいいと思う。生きていればそんなことばかりだから。早くに挫折を経験して、早かれ遅かれ人生こんなもんだと知るべきだ。受かれば、それはそれで自己評価上げておけばいい。まだ小学生なんだから可哀相、遊ばせてあげたらいいのに、とも思わない。そんな親は、田舎で低レベルな馴れ合いでもしとけばいい。私が住んでるのは、東京の板橋区で、お世辞にも治安が良いわけではない。近所の公立中学は荒れていて、少年院に入ったりしている男子もいたそうだ。だから尚更、良い環境で勉強させてあげたいと思って受験させる親は、教育熱心で素晴らしいと思う。まあ色んな考えがあると思うけどね。レベルの高い学校は、だいたいいじめがないと聞く。自分以外にさほど興味ないから、そんなレベルの低いことをするような人間がいないに等しいらしい。(まあ兄の通っていた偏差値70近い国立の中学で、部活が一緒の中3の先輩が飛び降り自殺して問題になったらしく、いじめが全くない環境は、どこにもないのかとも思うけれども。)
「中学受験で落ちても頑張ったんだから。」
ネットなどでその言葉を目にし、そう言える親は凄いと思った。でも、本音だろうか。
本当は合格して欲しかっただろうし、学習塾だって、安くはない。結果を残してほしかっただろう。
私は、母親が不合格続きで慰めるどころか嘆いていた記憶しかないが、それが本来あるべき姿だと思う。自分だって悲しかったけど、受験で不合格だった当人より、受験に課金をしたものの不合格だった親の絶望の方が計り知れないだろう。周囲の目や、かかった費用が無駄になったこと。(不合格は無駄ではないという意見をよく目にするが結果論としてどこも受からないで何も思わない親はいるだろうか。)体調や、問題との相性だって、運だってあるから、受験は頑張れば必ずしも報われるとも限らない。課金した親からしてみたらギャンブルに近いものもある。でも私が仮に親になったとき、その中学受験を自分の子供にさせたい。自分のリベンジだか、その子のためだかは定かではないけれども。
中高一貫の女子校を、卒業した。中堅レベルの大学も、卒業した。正社員で、会社員も経験した。しかし、一年は頑張れるものの、それ以降は続かないのが現状で、今の会社を休職していることなんて、親には絶対に言えない。
父親はどうせな、と鼻で笑うだろうし、母親は、あんなに良い会社なのになんで頑張れないの、と悲しむだろう。良い会社もなにも、おっパブで働いてた時にコネで入れて貰った会社だ。不細工低学歴が、身体を張って乳でおっさんに評価してもらって入社した会社である。でももう、そういうのも疲れたよ。
もうだいたい分かる。次の壁が、20代で良い男を捕まえて結婚することだって。疲れた疲れた疲れた。いつになればゴールがあるの?なにをすれば正解なの?あと何年生きればいいの?整形して可愛くなったら評価してくれるの?また正社員で働いて、高学歴で優しい男と結婚すれば周囲や世間は評価してくれる?
12歳の記憶は、26歳になった今でも、昨日のことのように思い出す。
2月1日に合格率80%の学校に落ちて塾に泣きながら電話したこと。2月2日に雪の中遠い学校だから朝早くて真っ暗な中、タクシーに乗ったこと。2月3日に面接待ちの時に前の番号の子と友達になったけど、その子しか合格してなかったこと。2月5日に最後の第三次試験があったけれども、第三次は倍率高いからどうせ落ちてるよ、と母親が寝込んでしまったこと。
中学受験をさせている親御さん方は、「中学受験」で検索してたどり着いたこのブログを見て、どう思うだろう。きっと、失敗例として見られているだろう。でも合格しても不合格でも、幸福な場合も不幸な場合もある。不幸じゃない人生に、自分の子供を導いてほしい。まだ12歳だ。思っている以上に子供でも大人でもある。韓国は学歴社会で、受験に不合格で自殺、とかも少なくはないらしい。
中学受験で失敗しても高校受験、高校受験に失敗しても大学受験、大学受験に失敗しても就職がある。
就職に失敗しても、女なら若さで結婚しても世間は何も思わない。日本は韓国と違い、挽回の機会が、選択肢が、多くあると思う。不合格は嬉しいものではないけど、ショックで死なれるくらいなら、生きて現実と向き合ってもらうよう、見守るのも親の役目だろう。
半年の勉強で東工大に合格した父は、馬鹿な私の教育に感心なかった。期待された兄は浪人したけど、東大にも医学部にも受からなかった。必ずしも報われる教育は、ないのだろう。必ずしも報われてほしかったら、人間ではなくロボットを用意してほしい。失敗したからと責めても、結果は何も変わらないし、荒んだ精神、卑屈な考えを持ってしまうだけだ。それで気が済むなら別にいいけれども。
ニートになるくらいなら風俗でもやれ。」そう言った父に、その時の一言がショックだったことをいつか伝えたい。自分がなんでもかんでも上手くいってきたから、失敗ばかりの私が不思議なのだろう。そんなこと言うくらいなら、子供なんて作らなければ良かったのだ。「本当に生まれてきたくなかった」と遺伝の病気で入院したとき言ったら「せっかく生んでやったのに何を言ってる」と言った言葉が見当違いだと言うことを、いつか分かってもらいたい。人間の考えは変わる、という言葉が存在する限り。不妊治療で無理矢理作られた子供だったから、本当は生まれたくはない意思があったのに、無理矢理失敗作として作成されたのだろうか。
私は援助交際もしたし、おっパブでも働いたし、パパ活もしている。本当に人生楽に稼げるんだとしか思わなかった。ショックな気持ちも、もはやなかった。社会に揉まれる苦労と比べたら、大したことがない。「あーこんなに楽なのになんでみんなしないのかなー」としか思わない。これがおかしいことだっていうのはわかっている。でも、自分を止めることが出来ないのだ。友達は、いないに等しい。誰からも連絡が来ない。みんな私のことが嫌いなのだろう。
まだ将来のある子供がそんなことをして嬉しい親がいるのだとしたら、死んだ方が良い。私はもう手遅れだ。26歳で、若くない。自分自身が変わる努力をするしかない。
成績しか取り柄のないブスは、狭いコミュニティでちやほやされても、社会に出て現実を知ってほしいし、もう色々とやり場のない怒りしかない。
2月3日の今日。不合格した学校の受験の日だ。毎年、一度も忘れたこともない。女子校特有のネチネチした校則も厳しい環境ではなく、自由な国立の中学に合格していたらこんな今のような姿はなかった?考えても無駄な問題だ。終わったことだから、この一言に尽きる。大学受験であの学校は推薦もほぼなく、どこに行っても苦戦しただろう。
上手く生きれなかった罪滅ぼしで、今日はデパ地下で恵方巻を買って、母と恵方巻を食べた。今までは何でもしてもらう側の、子供だったから。大人になったからもう大丈夫だからね、心の中でそう呟き、中学受験をさせる親達の気持ちに、少しだけ近づいたような気がする。

婚活パーティーのススメ

彼氏がいてもパパがいても、結婚していない限りはその存在に何の保証もない。気休めに過ぎない。
ということで私は婚活パーティーに友人と25歳の頃から行くようになった。街コンからガチな婚活パーティーまで、色々行った。その感想を述べようと思う。

当方スペック
26歳
実家都内
一人暮らし
中高女子校
中堅大卒
正社員で事務経験有り
顔面中の下だけど整形済み
Eカップ

まあざっとこんな感じだ。とりあえず今まで婚活パーティーで会ってきた経験を書いてみる。

①オタク系街コン
いかにもなオタクや、まあさわやかな人や、色々いた。他の街コンと比べそこまで容姿に気を使ってないような女性もいたのでライバルが減ってラッキー、みたいな感じだった。まあ当時25歳と婚活パーティーにしては若い部類の年齢だったのでフリータイムでちやほやされ、オタサーの姫扱いされ、承認欲求は満たされた。結論から言うとカップリングした男はただのヤリモクだったのじゃが…。
最初のデートで「甘いの好きですよね?」とマカロンをプレゼントされキュンキュン。相手は1歳上の公務員。中堅大卒で、商社から転職して公務員になり間もないそう。2回目のデートで水族館からのレストラン。3回目のデートで告白され、4回目のデートでバレンタインを渡してバーに行ったけれども、二件目で、無言でラブホの前に連れて行かれて、目が点。今までほぼおごりだったのにバーで割り勘にされたあとラブホに連れて行かれるとかもはや失笑。割り勘がダメとかじゃなくて…とりあえずただただ引いた。告白した次のデートでホテルか…軽いな。よく見たらがっちりしている体型や(私は細身が好きだから…)ホテルの誘い方が無理で一気にマンコ激乾き。「あ、無理なんで」とだけ言い残して帰宅&LINEブロック。


②年収600万以上の婚活パーティー
玉の輿乗りたい!とか贅沢な暮らしがしたい!ってわけではないのだが、年収はないよりもあった方がいいのかなー感覚で参加した。でも、たまたまかもしれないのだが、ひどかった。まず、当然のように年齢が高い。40歳位までと年齢制限があるのに、55歳の人が参加していて、心が苦しくなった。厚かましいなぁ…。しかもフリータイムの時に走ってこっちまで来たのがマジでホラー。「知的な人が好きって書いてあったからさ。僕は有名大学院まで出ていてね」と自慢のオンパレード。「話が合うからフリータイムも君の所に来たんだよ」と。いや、話が合うも何もあなたの自慢話に相槌打ってただけなのですが…。爽やかなイケメンもいたが、ガッキー似の所にフリータイムで行ってて、顔面格差社会を知った。

③猫婚活パーティー
猫が好きなので猫カフェで開催されている婚活パーティーへ。カップリングとかはないが、自由に連絡を交換していい感じだった。
猫の可愛さに夢中になり、男がしょぼく感じ終わった。「可愛い猫さんだ…」と呟いている男性もいて、面白かった。猫好きと知り合えるのはいいけど、婚活パーティーと猫カフェは一緒にならなくてもいいかもと思った。

④20代限定パーティー
②のパーティーで50代がいたことに驚き、あまり高齢はなぁ…(介護の不安が大きく結婚どころではない)私がまず20代半ばだから…となり20代限定パーティーへ。まぁ当然のごとく若い。20歳の男性もいたし、女性は大学生も何人かいた。男性は若い異性が好きだからあまり有利ではないのかなぁといった体感。ときめく相手はいても結婚とかは考えてなさそう。友達が出来たらラッキー、くらいなのかな。ライトな婚活パーティーって感じ。

⑤シャンクレールの特別コラボ
名の知れた有名企業とシャンクレールという婚活パーティーのコラボ。車の某会社と、郵政グループとのコラボにそれぞれ参加。
どっちもカップリング出来たけど、一人は年下でLINEも続かず、もう一人はヤリモク。ただ有名企業と知り合えるのはいいと思う。小さな企業はふるいに落とし、そこそこの年収の異性と知り合えるのだ。ただ、何回も参加すると同じ人に会ってしまうリスクがあるので気まずい相手がいる人は要注意。


デートした男編
カップリングしてもデートするとは限らない。そんな中、カップリングもしてデートまで至った相手のことを述べていこうと思う。

①高学歴の人に絞った婚活パーティーで知り合った、1歳下の東大卒の損保会社の本社勤務の男性。
高学歴オンリーとだけあって、癖のある人物が多かったのだが、彼は癖もなく、年も近くてしかも東大卒だったのでラッキー。顔はタイプではないが別に面食いではないし、見れる顔だしいっかと妥協。ただ少しぽっちゃり…。1回目のデートはイタリアンで盛り上がる。高学歴で若くて性格も癖がなく、良物件。ただ1回目のデートの帰り道で手を繋いできて、悪印象。馴れ馴れしいのは苦手。ボディタッチしたかったらイケメンになってからにしてくれ。
2回目はランチデート、3回目のデートはLINEが途中で途切れ、なしに。気づいたら自然消滅。

②大規模な街コンで知り合った医者
友人と二人で軽い気持ちで参加した街コン。医者がいると知り、私の目の色が変わる。医療事務の資格持ってるんです馬鹿なりに医療の知識ありますアッピルする。医者と研修医の二人組で、こっちも二人組だったので、意気投合し4人で居酒屋に行く。終電で帰宅。
後日医者と二人でデート。水族館とディナーに行った。ディナーでお酒が入った時に「3年付き合った薬剤師の彼女がいたんだけどセックスレスでねー。向こうは結婚したかったみたいだけど別れたんだ。」と。むむむ、初日で踏み込んだ話題…。相手は29歳だったみたいで、3年も付き合ったのに30手前で振るなんて酷い…と相手の女性に感情移入。まぁ医者だし幾つになっても相手は選べるんだろうな、と思ったら急に低スペックな自分が恥ずかしくなった。何度かその後連絡はしたものの、会わなかった。まぁ相手はいくらでもいるのだろう。あわよくばワンチャン感覚でこういう街コンにも参加しているのだろうか。

③年収600万以上身長170以上の婚活パーティー
私は異性の身長にさほどこだわりはないのだが、友人と参加ということで、このようなパーティーにも参加した。女性は高身長好き多いよなぁ。私は158センチの自分より高ければ問題なし。身長云々より、デブが無理だから。(二回目)
日東駒専レベルの大学卒、30代前半のタワマン持ち大手不動産勤務の男性とカップリング。顔も体型も悪くないし、スペック高め。まぁこれもただのヤリモク。若い女はナメられがちだね。私が安っぽいだけかもしれないけど、露出の多い格好はしていないし、自分からも下ネタを言わないようにしているし、3回デートしないとセックスしないルールも設けているのに。てか婚活パーティーの男とヤったことないわ…多分。とりあえず2回とも恵比寿でディナーデート。会計はカードで済ませてくれていてスマート。で、帰りにLINEで告白される。高スペックだから問題ないと思いもちろん頷くが、3回目のデートの約束のLINEで本性が出る。「家行ってもいい?」ああきたよこれ…。厚かましいなぁ10歳も上でいきなり年下の女の家に来たがるなんてろくでもねーなと。告白して次のデートで家って、そもそもあわよくばヤれたら感覚で本気じゃないんだろうな、おっさんのくせに。10歳若くてそれは分かるけど、あなた若くないからね。断ると「じゃあ俺の家に来なよ!」と。もうだりーよお前となり未読スルーしてたら「俺のこと嫌いなんだね。もう俺のことは忘れて」と。ボロクソ言ってLINEブロック削除。
可愛い可愛い言ってくる男は要注意。別に誉められて気分良くなるわけじゃないし、そういうの別にいいから、ってなる。相手が喜ぶとでも思ってるのだろうか、甘いな。家くらい別にいーじゃん!って人いると思うけど、異性の家に行ってセックスの流れにならなかったこととかほぼないからな。大学時代とかは別にいいけどもう若くないからそういうのはいーんだよなあ。こっちが損するだけ。タダマンメリットなし。ときめく相手だったらとっくにヤってるわ。ヤらないってことはそれまでなんだよな。男は金、女は身体っていうのはあながち間違いではない。

④某有名企業とのコラボパーティー
中高御三家男子校、偏差値70越え国立大卒の29歳。社会人歴もそこそこ長いし高学歴だし良物件。実家住みでデブだけど、フリータイムで話しかけてきて、学歴聞いた途端私はときめいたのでそこは妥協してカップリングしてデート。
和食が好きだと言ったので和食のお店を予約してくれていた。単価は安めだが、相手も20代だし落ち着いた雰囲気のお店なので良し。話しは結構盛り上がる。しかし体型は太いのに会計はスマートではなかった。まぁ全部おごって!みたいな考えはないけど安いお店で女1000円だけ払うってのもなんかカッコ悪すぎワロタ。2回目のデートで手を繋いできてこういうの告白もしてないのにやめてくれよ…と心の中で思ったもののニコニコ。次のデートの約束の時に「猫さん見たいから家に行ってもいい?」と。猫をダシに女の家に行きたがる実家住みの年上って微妙だなぁと思いつつやんわりと断る。すると「じゃあ漫画喫茶に行かない?」と。いやいや、高校生じゃあるまいし漫画喫茶デートとか白けるわ…。何が楽しいの?って女目線では感じる。そういうのは10代で終わりにしようや兄ちゃん。高校時代に男子校の友人に漫画喫茶で乳を揉まれそのまま射精してたことを思い出しながらそう感じた。漫画喫茶でチンコしゃぶったりセックスしたりとかあったけどまあ10代までだろ。安上がりにエロに持っていこうとするなよって苦笑。まあ別々の部屋でそれぞれ漫画読むデートだったらそれはそれで笑えるけどw20代後半にもなったらそんな安いデート提案は辞めようね白けるよ…付き合って長かったりしたなら未だしも付き合ってもない3回目のデートだしな…。
学歴云々ではなく急に全てがどうでもよくなり未読スルー。

とまあ失敗ばかりだが婚活パーティーの経験はネタにもってこいだ。いろんな人がいる。
バツイチがモテるように、離婚したらそれはそれで仕方がないので30代までに1回くらい結婚を経験したい。
そんな私は、20代限定の婚活パーティーで知り合った、中高一貫の偏差値70近い男子校からの国立大学卒業からの院卒のタメの公務員とデートを来週する。細身の理系男子だし、久々に良物件発掘。
ときめいているうちが、華だ。
だから私はこれからも結婚するまでは、婚活パーティーに参加すると思う。

悪夢に魘される

朝目覚めたら、泣いていた。
まぶたが腫れて、二重幅が広がってラッキーとか思ったりもするけれども、後味が良いものではない。
高校を卒業出来なかった夢を私は頻繁に見る。推薦で大学進学も決まったのに何故?もっと勉強していれば良かった。ママは怒るのかな。パパは呆れてそう。自分のこと嫌いな友達は笑っていそう。もう解放して、金縛りにあったかのような感覚の中私はそう叫び、目が覚める。
26歳の私は高校はとっくに卒業しているし、大学すら卒業している。だったら何故。
高校2年の頃の面談で、このままの成績だったら留年するかもしれないと担任に言われた。塾に行かせて勉強させますから、と母親が言っていた。ぐれていた私は茶髪にして説教されていたし、大学だって、選ばなければ推薦で何処かしらは行けるだろうとなめ腐っていた。初めて、現実に戻された瞬間だった。確かに私は甘かっただろう、高校は義務教育ではないのだから。
卒業式まで死にません』の本を大事にしながら、卒業式の日は、18歳までちゃんと生きたんだな、と嬉しくなった。
もう髪も染めても誰も怒らないし、化粧も学校にして行ける。バイトだって、堂々と出来る。人生で、ピークの幸せだった。
人生で一番辛かったのは脱処女した日のことでもなければ、オヤジに身体を売った日のことでもなければ、夜中に人のいない道を歩いていたらいきなり抱きつかれてレイプされそうになって警察に行った日でもない。そんなことは、私からしてみたらどうでも良いのだ。金を盗まれたって、ブスだと言われたって、そんなことも大した打撃にはならない。
高校2年の頃にあった出来事がショックすぎて、でもそれが思い出せなくて、思い出さないようにしているだけかもしれないけれども、少しでも思い出しそうになると叫びそうになるし、マスクの下で無意識のうちに何かをぶつぶつ呟いてしまい、自分を押さえようとしてしまう。もしかしたら全部が夢だっただけだとも思うし、全部が本当だったとも思うし、一部はただの被害妄想に過ぎなかった、とも思う。あの頃の私は、統合失調症のような症状があったと思う。「だったら殺せば良かったじゃん。」そう呟いた時に、確実に自分が自分ではなかった気がしたので、病院に行った方が良いのかと思った。
若くて多感な時期だから、そういうことがあるのなんて必然だと思う。むしろ、早いうちに色々挫折したお陰で、今はどんな失敗や経験をしても大きくは病まないし、大きな傷にもならない。だから感謝もしている。もうあれ以上何かに傷つくこともないし、とりあえず生きるしかない、と自己解決してしまう。良くも悪くも。
高校生が電車に飛び込んで自殺したニュースを見て、がっかりした表情をしながら母は言う。
「もう少し我慢したら大人になって、いいことだっていっぱいあったと思うのに。」
確かにそうだと思う。でも、大人になるまで長すぎたのだと思う。楽しい時間はあっという間だけど、辛い時間は本当に長い。その長さに耐えきれなくて、死を選んだのだろう。高校生の時期は、交遊範囲が狭いし、視野も狭きなりがちだ。
進学校の子が自殺する率が高いのならば、いっそその学校を中退すればいい。私は中退しないで後悔していないけれども、死ぬくらいなら別の学校に転校するのも考えの一つだ。進学校に入れるような地頭なら、また優秀な道があるだろう。大学受験、就職活動で、リベンジをする機会はいくらでもある。進学校にいる子が卒業したから勝ち組とは分からない。その後引きこもりになるかもしれないし、通り魔に殺されて、理不尽に人生が終わってしまうかもしれない。

すえのぶけいこの漫画『ビタミン』を読んで、衝撃を受けた記憶がある。主人公は酷いイジメを受けて、友達にも彼氏にも裏切られて、登校拒否になる。高校受験もしない、高校なんて行かない、漫画家になる、と母に伝えるが「人生終わりね。」と言われてしまう。「どうして人生終わりなんて言うの?私の人生はまだこれからなのに。」一部が自分と被って、涙がぼろぼろ止まらなかった。最終的に主人公は登校拒否だったが卒業式にも出て、漫画家デビューを果たす。自分とも学校とも向き合っていて、そこは私とは違うなと思った。でも、勇気をもらった作品だった。語彙力がないため、作品の良さを具体的に伝えることは出来ないが。
最近思う。不幸な人生だと思ってたけど、そうでもないのかもって。ただ、失敗が多すぎただけだって。
中学受験でどうしても行きたかった国立の中学に落ちたのは、今でも引きずってるしそれだって夢にも出てくる。塾の先生に、中学受験で浪人って出来ますか?どうしてもあの学校じゃないとダメなんです。内向的な自分を変えたいから、国立で、明るくて自由な校風で過ごしたくて。セーラー服は可愛いけど、校則の厳しい女子校はやっぱりヤダ…小学6年生の私は、夢の中でそう塾の先生に問いかけている。先生は、その時何を思っただろう。答えが分からないまま、朝が来る。現実と、嫌でも向き合わなければならない。大した現実は待っていないから二度寝をするものの、ずっと答えは分からないのだった。
目が覚めたって、アイドルのあの子にも、CAのあの子にも、専業主婦のあの子にもなっていない。冴えないもっさりした姿だけが、鏡に映し出されている。
「あなたは贅沢。その通ってた学校は馬鹿なんかじゃない。自分を卑下するのは辞めなさい。私は銀座のホステスでも頭のいい、ちゃんとした学校を出ている会話の出来る子を指名してきた。あなたのこともそう思っているのだから指名をしている。」
地元のキャバクラで働いていた時に、お客さんにそう言われた。そんな仕事、って思う人は沢山いると思う。別にそれでいい。ただ、私は嬉しかった。
「大人になったらいいことだってある、かあ」
未成年の学生時代に感じた感情らは、確実に過去になっている。だって、色々なことが割り切れるようになったから。
「人間の考えは変わるものだから。」自殺したいと言ったときに、そう送ってくれた愛人のメールも思い出す。変わったことだって、少なからずはある。
変わる気持ちがあればまた社会復帰だって出来ると思うし、気長に生活をしていくしかない。
母親に、一人暮らしをしていることを誉められたこと、ちゃんと貯金をしていて偉いと誉められたこと。ほら、高校の頃出来なかったことが、大人になった今、出来ている。大したことではなくても、少しだけでも進歩したことはある。あの頃、12階から飛び降りなかったから知り合えた人が、沢山いる。憧れていた人とセックスだってした。セックスなんて、ただのセックスなんかなんだけど。処女をあの世に持っていかず、良くも悪くも汚れたのかもしれないけど、生きていくのはそういうことだ。
明日は月曜日だ。電車に飛び込んで命を断つ人も、いつもより確率的に多くいるのかもしれない。
それでも私は、飛び降りて、人生の終わりを選ばない人間が多くいることに、ほんの少しの希望を見出だしている。

パパ活はどうして辞められない

生まれ持った容姿が美しい人が、ずっと憧れだった。ああなれたらどんなに幸せなのだろう、ずっとそう思っていた。
でも、最近はその感情が薄れつつある。
生まれ持った容姿の美しさは、女性なら尚更大きな強みだろう。
「あの子って可愛いだけじゃん。」そんな会話を聞いたことがある。
その「可愛いだけ」がどれだけの存在価値を見出だせるかなんて、同性なら尚更分かりきっているだろう。どれだけ得をして、どれだけ良い思いをするのか。私は、その会話に賛同は出来なかった。
しかし、良い思いが90パーセントでも、10パーセントは美しいが故の代償を受けてしまう。
CAになった小学校の頃の美人の友人は、一緒に歩けばしつこくスカウトされ、ナンパされ、痴漢にもよく遭っていた。
一緒にマックでお昼ご飯を食べている時に、ガラス越しで男がこっちを見ながらチンコを扱き、射精をした。
中学の頃なので性経験も知識もなく、何が起きたのか、一瞬分からなかった。でもガラスにかかった白い液体が気持ち悪いと思った記憶がある。ただ漠然と、何故自分たちがそんなことをされないといけないのか。自分たちにいったい何の落ち度があったのか。理不尽という言葉の意味を人生で始めて知った1日だった。
一人でいるときはそのようなことはなかったが、この子といるときはそういうことがよく起こった。
つまりは可愛い子は、目を引いてしまうが故に、そのような被害に遭ってしまうパターンが少なくない。
その友人は、頭も容姿も良かったので現役で有名大学にも合格し、就職もなんなく第一希望のCAになることが出来た。美しい容姿である人間の成功パターンであると思うし、このような人生は必然だっただろう。
しかし、みんながみんなそのように器用に人生こなしているわけではない。挫折しない人間は少なからず存在しているとは思うけれども、美しくありながらも挫折をする人間だって当たり前のようにいる。
幸せそうなブスと不幸そうな美人だったら、どちらが良いのだろう。昔だったら後者だと答えていたと思うが、今は即答することが出来ない。むしろ前者の方が幸せな分、救いがありそうな気もする。
休職している会社で、国立大院卒の女の子がいた。偏差値は70を越える学校だ。美しさより何より、努力してその学歴を手に入れた彼女が羨ましくて仕方がなかった。生まれ持った容姿が美しい人間よりも、努力してスペックを上げて尊敬される彼女の方が、何倍も苦労しているだけの人間らしさがあって凄いなと思った。
女性目線の見方と男性目線の見方があるから何とも言えないけれども、努力して一芸に優れている人間は魅力的だ。
本題に入ろう、題名で述べた、パパ活に関してだ。
私はパパ活が辞められない。
承認欲求の満たし方が分からないし、いつ浮気するかも分からないような彼氏に期待するよりかはお金と愛情両方くれるパパの方が効率が良いと思った。お金をもらっている分、裏切られた時の打撃も少ないだろう。裏切られる?色んなものを与えてもらっている時点で、裏切られるもくそもないか。
パパ活の魅力は、容姿がよくなくても稼ぐことが可能であることだ。もちろん、容姿が良い方が稼ぎやすくはあると思うが、容姿の好みに関しては千差万別である。例に、死刑判決が下された木嶋佳苗を挙げたい。彼女は太っていて容姿が良くはないものの、1億円以上のお金を複数の男性から貢いでもらっている。
ようするに、可愛くて不器用な子よりは、どれだけお金がある異性の孤独に入り込めるか。容姿以上にそれが必要とされてくるのだろう。
最初に述べた美人でCAの友人は、身体を張らずに、食事だけで数万は軽くもらえるスペックだ。本当に羨ましく思う。でも、彼女はパパ活は絶対にしないだろう。理由は、そんなことをしなくても承認欲求は満たされているから。両親からも周囲からも可愛い可愛い言われて育って、歪むことなく社会人になったと思う。屈託もない笑顔をFacebook越しで見て、私は確信した。社会に揉まれ、苦労は少なからずあるとは思うが、パパ活なんてそんなことをしなくても、彼女は満たされているはずだ。
ただただお金が欲しくてパパ活をしてる子もいるとは思うけど、何かしら、心の奥底で承認欲求を満たしてもらいたい子も沢山いるのかと、少なからず私は思っている。
男なんてみんなヤれたらそれでいいんでしょ。だから申し訳ないとも思わないし遠慮もしない、受けとるものは受けとる。だって相手を好きになったって女は世の中に沢山いて、すぐに飽きられてしまうのだから。代わりは沢山いるのだから。繋ぎ止められているうちが華だ。そう、心の中で自嘲していた私に、パパは40万をくれた。これが彼からの愛情表現だと思っているし、私が与えられるものといえば20代前半の女のする今限定のセックスだ。私は恋人もいなければ既婚者でもないので後ろめたいことも何もない。バレて怖いこともない。だから、ただ有意義にお金を使うことに徹すれば良い。ギブアンドテイクだよなあ、そう思いながらラーメン屋でラーメンを食べながら物思いに更ける人生。
月収200万越えることもあるくらいには、生活に困っていないのに、学校のレベルが低いと吐き捨て、学費もお小遣いもくれなかった実父。
中高の頃ブスと吐き捨てた同級生。ブスブスブス。それはお前もな。だから目も鼻も歯並びもいじって輪郭もいじろうとしてるっつーの。お前みたいに貧相な体型じゃなくてFカップあっておっさんウケいい体型してんだよボケ。当時はけして言えなかった言葉が、心の中で渦を巻く。未成年であることを盾に、実名報道されないのを盾に、同級生を殺していたらどれだけすっきりしたか。でもしなかったのは、私に理性があって、幸せになって見返したかったからかもしれない。
「こんな可愛い子が苦しんでるなんて理解出来ない。」と優しい言葉をかけてくれて、お金をくれるパパがいて幸せだ。幸せ幸せ幸せ。幸せ?
1000万以上の貯金があっても、承認欲求が満たされない限り今の連鎖は、止められないだろう。
東電OL殺人事件を思い出す。高学歴で、有名企業で高手取りで働く彼女が、何故売春をして殺されたのか。彼女は、きっとお金では解決しきれない承認があったのだろう。殺されてしまう時、一体何を考え、何を望み、何を思ったのだろう。この事件を題材にした、桐生夏生の『グロテスク』を読んだり、実際に殺された現場の地下の居酒屋に一人で行ったりしてみたりしたけれども、彼女の気持ちは分からなかった。でも、少しだけ、同じ女としてわかり得ることもある。
お金と承認の狭間で、終わりなんて存在するのだろうか。殺してもらうのを待つか、醜いおばさんになって、異性の誰からも見放されることを、もしかしたら心の奥底で期待しているのかもしれない。その時に私は、マスクをして清掃の仕事をしながら「本当に男なんてどうしようもない」と恨み言を言っているのだろうか。

整形した女は幸せになっているのか

という本をこの間読んだ。北条かやさんの。
好きか嫌いかは別にして、一般的な視点で、彼女は容姿は整っていて、学歴は京大の院を出ていて頭も良い。
一件、恵まれている彼女のスペックだけれども、彼女は自殺未遂を経験している。
正直昔の私は、容姿が良かったり、学歴が良かったり、恵まれている人間が病む理由が分からなかった。なんでこんなに恵まれているのに、そのような思考回路になるのか、と理解出来なかった。
恵まれている人間よりも劣っている自己が故に、人の気持ちまで考える余裕がなかったからかもしれない。
でも、今はそんな人たちの気持ちが、少しだけ分かるような気がする。
失恋して自殺をする東大生がいれば、こんな可愛い容姿になりたいと思える子が自殺したり、スペック云々では分かり得ない心の闇がある。
性格や本質や遺伝子や環境は、整形することが不可能だ。
だから結論から言って、整形と幸せはイコールで結び付きはしないだろう。
ビューティコロシアムに出演した女性がAVに出演したのは、随分前の出来事だけれども、よく覚えている。
私は、自分に自信が出たから、一生残る映像に出ることが出来たんだな、整形して良かったなと感じた。自信のない容姿では、カメラの前に立つことも不可能だろう。
だから、私はAV女優を尊敬している。自分に出来ないことを身体をはってやっているのだから。
彼女たちは、美しいが故に背負ってしまう不幸とも、隣り合わせだ。

朝目覚めて、鏡を見て、目が二重で「これって私だっけ」と二度見をする。中学の時から使っていたアイプチを使わなくても、二重瞼の目を人工的に手に入れた。19の頃に埋没で二重にして、24で取れて、切開で二重にした、25の私。
もう、この二重は永久的なものだ。メスを入れるのも、ダウンタイムも、長い人生からしてみたら一瞬のようなものだ。
働いているキャバクラで「あの子まじ出っ歯だよねー」と酔っぱらいのオヤジが叫び出す。
私は一瞬青ざめたけど、セラミックで歯並びを治した今の私は出っ歯ではなかった、と正気にもどる。
隣にいた女の子のことだと知り、安堵すると共に、デリカシーのないオヤジに対する嫌悪感が沸く。でも、しょうがない。だって、こんな場所なんだから。
こんな世界に生まれてしまったが故に、こんなしょうもないことで悩まなければいけない。悩みたくないから、お金で解決をする。この連鎖は、いつになったらなくなるのだろう。最も強い、自分に対する嫌悪感は、いつになったらなくなるのだろう。
どんな顔になれたら、どんな性格になれたら、どんな環境になったら、どんな人生になったのならば。
失敗するリスクと、安くはない金額を苦しんで稼いで、天然の美しさには、足元にも及ばない。
それでも、少しは生きやすくなるのなら、と私は一歩前に踏み出す。
高層階から飛び降りる勇気は、酔っぱらってもない。ハプバーでマワされた帰りに、高層マンションを酔った足取りで私は探した。飛び降りたら、もしかしたら全てから解放されるのだろうか。セックスは、痛くも気持ちよくもないけど、自分をすり減らすしか、生きる方法がない。大事なものほど、すぐに壊してしまうのは何故なのだろう。
優しさの塊である人間に頭おかしいと言われた私は、もしかしたら本当に頭がおかしいのかもしれない。でも、ぶち壊して、その優しさと決別したら楽になれたから、私はこういう生き方をこれからもしていく。中途半端な優しさほど苦しいものはない。
6ヶ月続かない彼氏と、6年以上の付き合いのセフレ。
オヤジに身体を売ったら泣いてくれたことも、整形する前のが可愛いと嘘でも言ってくれたことも、私は忘れない。そんな人間を大事に出来ない私は馬鹿だ。
一方、距離感を保てるという点で、セフレとはわざわざ決別することもないだろう、と私は鼻で笑う。
会うのが明日でも、一年後でも、傷つくことはないだろう。
もっと器用だったら、もっと思いやりがあったら、もっと大事にするべきものを大事に出来たなら。
ハプバーで3Pしてるのをゲラゲラ笑いながら眺めてるセフレは美女にフェラされていて、満更でもない。私はその光景を見ても何にも思わなくて、好きな人だったら発狂していただろうな、とも思う。
でも、エロいことするよりも私は、始発待ちでラーメンを食べながら「こっちのラーメンも美味しいよ一口食べる?」とか「ラーメンの汁とご飯合うよ、やってみなよ」とかそんな会話の方が好きだな。
下半身は痛むけど、大事なものを壊して、自分を削っていく自分のが痛々しい。下半身の痛みは、時間が解決するだろう。自分と向き合うのは一生だから、痛みはこれからも伴っていく。でも、それも仕方がないことだ。
鼻を弄ったのは銀行員と上手くいかなくなってリスカしまくってからだなあ、顔もだけど性格に問題があるのは自覚しているけど、それでも顔を変えようとしないと私は生きていけない。
そして自己満足して、別の男見つけてまた自己満足して、その自己満足は長くは続かずに、別の手術をひたすら探し続ける。
もうこんなのは終わりにしたいけど、まだ生きるしかないから、一つの恋がまた終わった私は、美容外科のカウンセリングを予約するしかない。
生きることを諦めたくないから。死んだら楽だけど、死なないのならば、生きるために、生きやすい選択肢を選ぶしかない。
ダウンタイムの最も長い、輪郭削りのカウンセリングを予約して、今日を乗りきったことに安堵し、自己嫌悪の終わらない人生との決別のために、私は明日もお金を稼いでいく。