悪夢に魘される

朝目覚めたら、泣いていた。
まぶたが腫れて、二重幅が広がってラッキーとか思ったりもするけれども、後味が良いものではない。
高校を卒業出来なかった夢を私は頻繁に見る。推薦で大学進学も決まったのに何故?もっと勉強していれば良かった。ママは怒るのかな。パパは呆れてそう。自分のこと嫌いな友達は笑っていそう。もう解放して、金縛りにあったかのような感覚の中私はそう叫び、目が覚める。
26歳の私は高校はとっくに卒業しているし、大学すら卒業している。だったら何故。
高校2年の頃の面談で、このままの成績だったら留年するかもしれないと担任に言われた。塾に行かせて勉強させますから、と母親が言っていた。ぐれていた私は茶髪にして説教されていたし、大学だって、選ばなければ推薦で何処かしらは行けるだろうとなめ腐っていた。初めて、現実に戻された瞬間だった。確かに私は甘かっただろう、高校は義務教育ではないのだから。
卒業式まで死にません』の本を大事にしながら、卒業式の日は、18歳までちゃんと生きたんだな、と嬉しくなった。
もう髪も染めても誰も怒らないし、化粧も学校にして行ける。バイトだって、堂々と出来る。人生で、ピークの幸せだった。
人生で一番辛かったのは脱処女した日のことでもなければ、オヤジに身体を売った日のことでもなければ、夜中に人のいない道を歩いていたらいきなり抱きつかれてレイプされそうになって警察に行った日でもない。そんなことは、私からしてみたらどうでも良いのだ。金を盗まれたって、ブスだと言われたって、そんなことも大した打撃にはならない。
高校2年の頃にあった出来事がショックすぎて、でもそれが思い出せなくて、思い出さないようにしているだけかもしれないけれども、少しでも思い出しそうになると叫びそうになるし、マスクの下で無意識のうちに何かをぶつぶつ呟いてしまい、自分を押さえようとしてしまう。もしかしたら全部が夢だっただけだとも思うし、全部が本当だったとも思うし、一部はただの被害妄想に過ぎなかった、とも思う。あの頃の私は、統合失調症のような症状があったと思う。「だったら殺せば良かったじゃん。」そう呟いた時に、確実に自分が自分ではなかった気がしたので、病院に行った方が良いのかと思った。
若くて多感な時期だから、そういうことがあるのなんて必然だと思う。むしろ、早いうちに色々挫折したお陰で、今はどんな失敗や経験をしても大きくは病まないし、大きな傷にもならない。だから感謝もしている。もうあれ以上何かに傷つくこともないし、とりあえず生きるしかない、と自己解決してしまう。良くも悪くも。
高校生が電車に飛び込んで自殺したニュースを見て、がっかりした表情をしながら母は言う。
「もう少し我慢したら大人になって、いいことだっていっぱいあったと思うのに。」
確かにそうだと思う。でも、大人になるまで長すぎたのだと思う。楽しい時間はあっという間だけど、辛い時間は本当に長い。その長さに耐えきれなくて、死を選んだのだろう。高校生の時期は、交遊範囲が狭いし、視野も狭きなりがちだ。
進学校の子が自殺する率が高いのならば、いっそその学校を中退すればいい。私は中退しないで後悔していないけれども、死ぬくらいなら別の学校に転校するのも考えの一つだ。進学校に入れるような地頭なら、また優秀な道があるだろう。大学受験、就職活動で、リベンジをする機会はいくらでもある。進学校にいる子が卒業したから勝ち組とは分からない。その後引きこもりになるかもしれないし、通り魔に殺されて、理不尽に人生が終わってしまうかもしれない。

すえのぶけいこの漫画『ビタミン』を読んで、衝撃を受けた記憶がある。主人公は酷いイジメを受けて、友達にも彼氏にも裏切られて、登校拒否になる。高校受験もしない、高校なんて行かない、漫画家になる、と母に伝えるが「人生終わりね。」と言われてしまう。「どうして人生終わりなんて言うの?私の人生はまだこれからなのに。」一部が自分と被って、涙がぼろぼろ止まらなかった。最終的に主人公は登校拒否だったが卒業式にも出て、漫画家デビューを果たす。自分とも学校とも向き合っていて、そこは私とは違うなと思った。でも、勇気をもらった作品だった。語彙力がないため、作品の良さを具体的に伝えることは出来ないが。
最近思う。不幸な人生だと思ってたけど、そうでもないのかもって。ただ、失敗が多すぎただけだって。
中学受験でどうしても行きたかった国立の中学に落ちたのは、今でも引きずってるしそれだって夢にも出てくる。塾の先生に、中学受験で浪人って出来ますか?どうしてもあの学校じゃないとダメなんです。内向的な自分を変えたいから、国立で、明るくて自由な校風で過ごしたくて。セーラー服は可愛いけど、校則の厳しい女子校はやっぱりヤダ…小学6年生の私は、夢の中でそう塾の先生に問いかけている。先生は、その時何を思っただろう。答えが分からないまま、朝が来る。現実と、嫌でも向き合わなければならない。大した現実は待っていないから二度寝をするものの、ずっと答えは分からないのだった。
目が覚めたって、アイドルのあの子にも、CAのあの子にも、専業主婦のあの子にもなっていない。冴えないもっさりした姿だけが、鏡に映し出されている。
「あなたは贅沢。その通ってた学校は馬鹿なんかじゃない。自分を卑下するのは辞めなさい。私は銀座のホステスでも頭のいい、ちゃんとした学校を出ている会話の出来る子を指名してきた。あなたのこともそう思っているのだから指名をしている。」
地元のキャバクラで働いていた時に、お客さんにそう言われた。そんな仕事、って思う人は沢山いると思う。別にそれでいい。ただ、私は嬉しかった。
「大人になったらいいことだってある、かあ」
未成年の学生時代に感じた感情らは、確実に過去になっている。だって、色々なことが割り切れるようになったから。
「人間の考えは変わるものだから。」自殺したいと言ったときに、そう送ってくれた愛人のメールも思い出す。変わったことだって、少なからずはある。
変わる気持ちがあればまた社会復帰だって出来ると思うし、気長に生活をしていくしかない。
母親に、一人暮らしをしていることを誉められたこと、ちゃんと貯金をしていて偉いと誉められたこと。ほら、高校の頃出来なかったことが、大人になった今、出来ている。大したことではなくても、少しだけでも進歩したことはある。あの頃、12階から飛び降りなかったから知り合えた人が、沢山いる。憧れていた人とセックスだってした。セックスなんて、ただのセックスなんかなんだけど。処女をあの世に持っていかず、良くも悪くも汚れたのかもしれないけど、生きていくのはそういうことだ。
明日は月曜日だ。電車に飛び込んで命を断つ人も、いつもより確率的に多くいるのかもしれない。
それでも私は、飛び降りて、人生の終わりを選ばない人間が多くいることに、ほんの少しの希望を見出だしている。

パパ活はどうして辞められない

生まれ持った容姿が美しい人が、ずっと憧れだった。ああなれたらどんなに幸せなのだろう、ずっとそう思っていた。
でも、最近はその感情が薄れつつある。
生まれ持った容姿の美しさは、女性なら尚更大きな強みだろう。
「あの子って可愛いだけじゃん。」そんな会話を聞いたことがある。
その「可愛いだけ」がどれだけの存在価値を見出だせるかなんて、同性なら尚更分かりきっているだろう。どれだけ得をして、どれだけ良い思いをするのか。私は、その会話に賛同は出来なかった。
しかし、良い思いが90パーセントでも、10パーセントは美しいが故の代償を受けてしまう。
CAになった小学校の頃の美人の友人は、一緒に歩けばしつこくスカウトされ、ナンパされ、痴漢にもよく遭っていた。
一緒にマックでお昼ご飯を食べている時に、ガラス越しで男がこっちを見ながらチンコを扱き、射精をした。
中学の頃なので性経験も知識もなく、何が起きたのか、一瞬分からなかった。でもガラスにかかった白い液体が気持ち悪いと思った記憶がある。ただ漠然と、何故自分たちがそんなことをされないといけないのか。自分たちにいったい何の落ち度があったのか。理不尽という言葉の意味を人生で始めて知った1日だった。
一人でいるときはそのようなことはなかったが、この子といるときはそういうことがよく起こった。
つまりは可愛い子は、目を引いてしまうが故に、そのような被害に遭ってしまうパターンが少なくない。
その友人は、頭も容姿も良かったので現役で有名大学にも合格し、就職もなんなく第一希望のCAになることが出来た。美しい容姿である人間の成功パターンであると思うし、このような人生は必然だっただろう。
しかし、みんながみんなそのように器用に人生こなしているわけではない。挫折しない人間は少なからず存在しているとは思うけれども、美しくありながらも挫折をする人間だって当たり前のようにいる。
幸せそうなブスと不幸そうな美人だったら、どちらが良いのだろう。昔だったら後者だと答えていたと思うが、今は即答することが出来ない。むしろ前者の方が幸せな分、救いがありそうな気もする。
休職している会社で、国立大院卒の女の子がいた。偏差値は70を越える学校だ。美しさより何より、努力してその学歴を手に入れた彼女が羨ましくて仕方がなかった。生まれ持った容姿が美しい人間よりも、努力してスペックを上げて尊敬される彼女の方が、何倍も苦労しているだけの人間らしさがあって凄いなと思った。
女性目線の見方と男性目線の見方があるから何とも言えないけれども、努力して一芸に優れている人間は魅力的だ。
本題に入ろう、題名で述べた、パパ活に関してだ。
私はパパ活が辞められない。
承認欲求の満たし方が分からないし、いつ浮気するかも分からないような彼氏に期待するよりかはお金と愛情両方くれるパパの方が効率が良いと思った。お金をもらっている分、裏切られた時の打撃も少ないだろう。裏切られる?色んなものを与えてもらっている時点で、裏切られるもくそもないか。
パパ活の魅力は、容姿がよくなくても稼ぐことが可能であることだ。もちろん、容姿が良い方が稼ぎやすくはあると思うが、容姿の好みに関しては千差万別である。例に、死刑判決が下された木嶋佳苗を挙げたい。彼女は太っていて容姿が良くはないものの、1億円以上のお金を複数の男性から貢いでもらっている。
ようするに、可愛くて不器用な子よりは、どれだけお金がある異性の孤独に入り込めるか。容姿以上にそれが必要とされてくるのだろう。
最初に述べた美人でCAの友人は、身体を張らずに、食事だけで数万は軽くもらえるスペックだ。本当に羨ましく思う。でも、彼女はパパ活は絶対にしないだろう。理由は、そんなことをしなくても承認欲求は満たされているから。両親からも周囲からも可愛い可愛い言われて育って、歪むことなく社会人になったと思う。屈託もない笑顔をFacebook越しで見て、私は確信した。社会に揉まれ、苦労は少なからずあるとは思うが、パパ活なんてそんなことをしなくても、彼女は満たされているはずだ。
ただただお金が欲しくてパパ活をしてる子もいるとは思うけど、何かしら、心の奥底で承認欲求を満たしてもらいたい子も沢山いるのかと、少なからず私は思っている。
男なんてみんなヤれたらそれでいいんでしょ。だから申し訳ないとも思わないし遠慮もしない、受けとるものは受けとる。だって相手を好きになったって女は世の中に沢山いて、すぐに飽きられてしまうのだから。代わりは沢山いるのだから。繋ぎ止められているうちが華だ。そう、心の中で自嘲していた私に、パパは40万をくれた。これが彼からの愛情表現だと思っているし、私が与えられるものといえば20代前半の女のする今限定のセックスだ。私は恋人もいなければ既婚者でもないので後ろめたいことも何もない。バレて怖いこともない。だから、ただ有意義にお金を使うことに徹すれば良い。ギブアンドテイクだよなあ、そう思いながらラーメン屋でラーメンを食べながら物思いに更ける人生。
月収200万越えることもあるくらいには、生活に困っていないのに、学校のレベルが低いと吐き捨て、学費もお小遣いもくれなかった実父。
中高の頃ブスと吐き捨てた同級生。ブスブスブス。それはお前もな。だから目も鼻も歯並びもいじって輪郭もいじろうとしてるっつーの。お前みたいに貧相な体型じゃなくてFカップあっておっさんウケいい体型してんだよボケ。当時はけして言えなかった言葉が、心の中で渦を巻く。未成年であることを盾に、実名報道されないのを盾に、同級生を殺していたらどれだけすっきりしたか。でもしなかったのは、私に理性があって、幸せになって見返したかったからかもしれない。
「こんな可愛い子が苦しんでるなんて理解出来ない。」と優しい言葉をかけてくれて、お金をくれるパパがいて幸せだ。幸せ幸せ幸せ。幸せ?
1000万以上の貯金があっても、承認欲求が満たされない限り今の連鎖は、止められないだろう。
東電OL殺人事件を思い出す。高学歴で、有名企業で高手取りで働く彼女が、何故売春をして殺されたのか。彼女は、きっとお金では解決しきれない承認があったのだろう。殺されてしまう時、一体何を考え、何を望み、何を思ったのだろう。この事件を題材にした、桐生夏生の『グロテスク』を読んだり、実際に殺された現場の地下の居酒屋に一人で行ったりしてみたりしたけれども、彼女の気持ちは分からなかった。でも、少しだけ、同じ女としてわかり得ることもある。
お金と承認の狭間で、終わりなんて存在するのだろうか。殺してもらうのを待つか、醜いおばさんになって、異性の誰からも見放されることを、もしかしたら心の奥底で期待しているのかもしれない。その時に私は、マスクをして清掃の仕事をしながら「本当に男なんてどうしようもない」と恨み言を言っているのだろうか。

整形した女は幸せになっているのか

という本をこの間読んだ。北条かやさんの。
好きか嫌いかは別にして、一般的な視点で、彼女は容姿は整っていて、学歴は京大の院を出ていて頭も良い。
一件、恵まれている彼女のスペックだけれども、彼女は自殺未遂を経験している。
正直昔の私は、容姿が良かったり、学歴が良かったり、恵まれている人間が病む理由が分からなかった。なんでこんなに恵まれているのに、そのような思考回路になるのか、と理解出来なかった。
恵まれている人間よりも劣っている自己が故に、人の気持ちまで考える余裕がなかったからかもしれない。
でも、今はそんな人たちの気持ちが、少しだけ分かるような気がする。
失恋して自殺をする東大生がいれば、こんな可愛い容姿になりたいと思える子が自殺したり、スペック云々では分かり得ない心の闇がある。
性格や本質や遺伝子や環境は、整形することが不可能だ。
だから結論から言って、整形と幸せはイコールで結び付きはしないだろう。
ビューティコロシアムに出演した女性がAVに出演したのは、随分前の出来事だけれども、よく覚えている。
私は、自分に自信が出たから、一生残る映像に出ることが出来たんだな、整形して良かったなと感じた。自信のない容姿では、カメラの前に立つことも不可能だろう。
だから、私はAV女優を尊敬している。自分に出来ないことを身体をはってやっているのだから。
彼女たちは、美しいが故に背負ってしまう不幸とも、隣り合わせだ。

朝目覚めて、鏡を見て、目が二重で「これって私だっけ」と二度見をする。中学の時から使っていたアイプチを使わなくても、二重瞼の目を人工的に手に入れた。19の頃に埋没で二重にして、24で取れて、切開で二重にした、25の私。
もう、この二重は永久的なものだ。メスを入れるのも、ダウンタイムも、長い人生からしてみたら一瞬のようなものだ。
働いているキャバクラで「あの子まじ出っ歯だよねー」と酔っぱらいのオヤジが叫び出す。
私は一瞬青ざめたけど、セラミックで歯並びを治した今の私は出っ歯ではなかった、と正気にもどる。
隣にいた女の子のことだと知り、安堵すると共に、デリカシーのないオヤジに対する嫌悪感が沸く。でも、しょうがない。だって、こんな場所なんだから。
こんな世界に生まれてしまったが故に、こんなしょうもないことで悩まなければいけない。悩みたくないから、お金で解決をする。この連鎖は、いつになったらなくなるのだろう。最も強い、自分に対する嫌悪感は、いつになったらなくなるのだろう。
どんな顔になれたら、どんな性格になれたら、どんな環境になったら、どんな人生になったのならば。
失敗するリスクと、安くはない金額を苦しんで稼いで、天然の美しさには、足元にも及ばない。
それでも、少しは生きやすくなるのなら、と私は一歩前に踏み出す。
高層階から飛び降りる勇気は、酔っぱらってもない。ハプバーでマワされた帰りに、高層マンションを酔った足取りで私は探した。飛び降りたら、もしかしたら全てから解放されるのだろうか。セックスは、痛くも気持ちよくもないけど、自分をすり減らすしか、生きる方法がない。大事なものほど、すぐに壊してしまうのは何故なのだろう。
優しさの塊である人間に頭おかしいと言われた私は、もしかしたら本当に頭がおかしいのかもしれない。でも、ぶち壊して、その優しさと決別したら楽になれたから、私はこういう生き方をこれからもしていく。中途半端な優しさほど苦しいものはない。
6ヶ月続かない彼氏と、6年以上の付き合いのセフレ。
オヤジに身体を売ったら泣いてくれたことも、整形する前のが可愛いと嘘でも言ってくれたことも、私は忘れない。そんな人間を大事に出来ない私は馬鹿だ。
一方、距離感を保てるという点で、セフレとはわざわざ決別することもないだろう、と私は鼻で笑う。
会うのが明日でも、一年後でも、傷つくことはないだろう。
もっと器用だったら、もっと思いやりがあったら、もっと大事にするべきものを大事に出来たなら。
ハプバーで3Pしてるのをゲラゲラ笑いながら眺めてるセフレは美女にフェラされていて、満更でもない。私はその光景を見ても何にも思わなくて、好きな人だったら発狂していただろうな、とも思う。
でも、エロいことするよりも私は、始発待ちでラーメンを食べながら「こっちのラーメンも美味しいよ一口食べる?」とか「ラーメンの汁とご飯合うよ、やってみなよ」とかそんな会話の方が好きだな。
下半身は痛むけど、大事なものを壊して、自分を削っていく自分のが痛々しい。下半身の痛みは、時間が解決するだろう。自分と向き合うのは一生だから、痛みはこれからも伴っていく。でも、それも仕方がないことだ。
鼻を弄ったのは銀行員と上手くいかなくなってリスカしまくってからだなあ、顔もだけど性格に問題があるのは自覚しているけど、それでも顔を変えようとしないと私は生きていけない。
そして自己満足して、別の男見つけてまた自己満足して、その自己満足は長くは続かずに、別の手術をひたすら探し続ける。
もうこんなのは終わりにしたいけど、まだ生きるしかないから、一つの恋がまた終わった私は、美容外科のカウンセリングを予約するしかない。
生きることを諦めたくないから。死んだら楽だけど、死なないのならば、生きるために、生きやすい選択肢を選ぶしかない。
ダウンタイムの最も長い、輪郭削りのカウンセリングを予約して、今日を乗りきったことに安堵し、自己嫌悪の終わらない人生との決別のために、私は明日もお金を稼いでいく。

たすけて

小学校の頃男子に囲まれて無口気持ち悪いって言われて、上手く喋れないのは気持ち悪いのだと悟った。
中学は私立の女子校に唯一合格して通ったけど、一人でお弁当を食べるときの回りの視線が冷たかった。
高校の頃もう学校に行きたくなくて、薬を大量に飲んで死のうとしたけど死ねなくて起きて病院にいて、失敗したなと思った。
18歳で自殺した南条あやになりたかったのに、と。16歳の時の出来事だった。受験も友達も全部消えてしまえと思った。勿論不細工だから恋愛などはおこがましいと分かっていた。
不細工だからこんな人生なのだと思って、顔が可愛くなれば人生楽しくなるのかもしれないと思って、高須クリニックにカウンセリングに行った。お金がたまったら絶対にまた来ようと思った。
18歳の誕生日当日、大学受験が終わった直後に私はキャバクラの面接を受けて働くことになった。まだ高校生だった。
時給900円のファミレスと時給800円の工場では整形費用は貯まらない。自分を殺して、明るい子を演じて、お金を作ろうと思った。
援助交際すれば?と言われるかもしれないけど処女だったので諦めた。お酒を飲んで喋るだけで時給3000円だよーと聞かれて半信半疑でキャバクラの面接に行ったのだ。上下つけまつげ、濃いアイライン。当時は158センチ45キロで太ってはいなかったし、18歳という年齢からか、面接には落ちなかった。とにかく必死に明るく取り繕った。そして、高校生であることは隠した。そんのこんなで処女キャバクラ嬢の完成。
拒食の時に30キロ代で、黒板の日直の欄に骨川と書かれて笑われたことを思い出した。みんなが笑うから、私も笑った。何も面白くないのに。先生だけが怒ってくれた。援助交際で捕まった先生。
のちに過食して53キロまでいくんだけどね。吐いても楽になれないんだけどね。コンプレックスの貧乳が太るだけでEカップ以上になるんだ、と容姿コンプレックスはあったものの、少しだけ体型に関しては報われた気がした。ガリガリだった私に、胸がある、と。
そんな私は現在25歳で、大学も卒業してしまった。並みに会話は出来るようになったし、並み以上に今は稼げる自信がある。
なのにどうしてこんなに悲しいのだろう。なにがこんなに悲しいの。
身分相応以上の幸せを望んだからだろうか。違う、普通でいいけど、普通がもう身分相応ではないのだ。
昔、お前は一生処女かヤリマンになるかのどちらかだと言われた。
その言葉は、数年後に正解となって現実になる。
人と関わるのが嫌いで、処女をこじらせた私は見事にヤリマンになった。あんなに軽蔑していたのに。
だって一人でお弁当食べていたひとりぼっちの私が、セックスするだけでやさしくしてもらえるんだよ。金ももらえて優しくしてもらえるなんて素晴らしいでしょ。おかしいのかな?女友達少なかったらセックスしかすることないでしょ。他に何をすれば。
お金があっても、したいと思えることがなくなったのが悲しい。稼ぐ意味が分からない。
整形したいヶ所は沢山あるけど、そもそもは並みになれればそれで良かった。二重になったし、歯並びも治したし。上を見たらきりがないけど、不自由はしてないからもうそんなしなくてもいいし。
ブランドものも興味ないし、家賃も4万だし。
普通の生活したいけど、もう普通ってなんだっけ。
今の私は普通なのかな。
確実性がない恋愛にすがるくらいならお金を稼ごう!という考えだったけど、お金なんて月に15万とかあれば足りるよね。
心が空っぽ。誰か殺してくれよ、全然なにしても満たされないよ。
こんなんだからですね、セフレが6年続いて彼氏が6ヶ月続かない理由。
お金あって何かをして満たされるのは一瞬で、だけど向き合わなければいけない現実が常にある。
それに押し潰されそうで、地震いつ来るのかなとかオリンピックでテロは起きるのかな、とかどうしようもないことばかりを考える。
3日後の精神科でなにかが変わることもないのだと諦めながら、1日1日を過ごすのだ。

追憶

人生を挽回できると思ったことがある。
大学に合格した時と、製薬会社の正社員になった時。
もしかしたら、人生の勝敗は生まれながらにして決まっているのだろうか。
ガラ悪い地元の安キャバで客の酒を作りながら、心ここにあらず、といった感じで私は考える。
今度考える挽回というのは、結婚だろうか。いや、夢も希望もないし、挽回しようと思える気力すらもう湧かない。
若い頃見下していた、出来婚とやらをするくらいのが案外幸せなのかなと思ったけど、責任のない人間がそんなことは出来ない、とふと我に帰る。
整形すれば人生は挽回出来るのかな、と小学校の頃にビューティコロシアムを見ながらふと思っていた。
でもパーツが多少変わったくらいで自己満足なだけで大して顔が変わらないように、人生は大きくはけして変わらない。
この人だけは今までの人とは違う、といった見る目ないながらに感じた感情に信憑性はないのに、何故こんな日々は繰り返されていくのだろう。
中学の頃後ろの席だった子がアイドルになってタワマンに住んでる中で、暗くて不細工と言われていた私は家賃4万のマンションに佇みながら社会不適合な人生を送るのはきっと必然だった。
「クラスでいつも一人でいるけどどうしたの?」と放課後呼び出して配してくれた担任は、3年後に援助交際で捕まった。その時私は何を思っただろう、もう何も思い出せない。
人生が快方に向かったと思ったり、その逆も然り、といった感じでなんの一貫性もない。その度に感情の起伏に波があり、とても疲れる。
やっぱり上部を取り繕っても根本は変わらないから、見抜かれてしまうのだろう。
人間は明るい人間が好きだ。深く人と関わらなければ明るく振る舞えるのだから、誰とも一生深く関わらないのが吉なのか。
人生を挽回できると思ったのが大学に合格した時と、製薬会社の正社員になった時と上記で述べたが、「私にしては」の一言に過ぎる。
1日12時間勉強しても日東駒専レベルだし、製薬会社だって一部上場企業ではないけど、おっパブで働いていて病んでいた私からしてみたら、素晴らしい転職先だった。給料が下がっても、安定がある。
数年働いて結婚するという人生が、当たり前のようでどれだけ難しいかという現実に直面したけれど。キャリアウーマン気質でもないのに、異性関係も上手くいかない私は、仕事も恋愛もまともに出来ずに、どう生きろと。
大学に入るのが夢だったけれども、大学を卒業したら夢は終わり、社会人になれば正解なのだと思ったけど、入るのは簡単でも続けるのが容易ではない。
頑張ってきたつもりだけど、客観的に見たら頑張れていないのだろう、だけどもう本当に疲れたから全てを休みたい。会社を休職してる、云々じゃなくて生活から離脱したい。
だったら何故私は貯金するのだろう。死にたいわけではないという意思表明だろうか。それとも単純に物欲がないだけか。
だったら何故私は2匹のネコを飼ったのだろう。寂しいから?多分それだけじゃない。好きだから、というのは一理あるけれども、気づいたら私は譲渡会にいたし、二匹が来るまでわくわくと不安があった。実家と和解したから私が死んでも、この子たちはけして不幸にしない。
人間を幸福に出来ないから、ネコを飼ったのだと思う。収入はあるから、生活には絶対困らせない。
汚れながら生きるのが辛いとすら思えないのはある意味幸せなのか、そうではないのかは分からないけれども、守るべきものがある。それだけは不幸ではないと確信している。

私がもしも高学歴だとして

中学受験のために小学校から塾に行って、辛うじて附属の高校にも進学出来たけど大学受験に苦戦してって、地頭悪いなりに頑張ってきたつもりだけど、空回りしてばかりで実りは少なかったな。女の学については本当に何が正解なのかは分からないし、未だに考えさせられている。高学歴女子はプライド高そう、だとかアンチ傾向にある社会であることに、挫折を味わった女としては安心感を抱いてしまう類のクズである。男はプライド高いものね。でもこんな性格で気質なのだし、私が高学歴だとして、必ずしも未来が明るかった訳ではないだろう。挫折が少ない分の、期待や希望や根拠のない自信はあったかもしれないが。(今のように自己評価はさほど低くはないだろう)
中途採用で入社した会社は高学歴の巣窟で、とても大学名を言うのは恐れ多かった。スキルのない私は、正当な手段で入社は出来なかっただろう。でも、私は部長から指名される、職業訓練に通う大卒おっパブ嬢だったのだから、拾われたのだと自負してる。20代前半という若さと、乳があって本当に良かった。容姿と頭脳には恵まれなかったけれども。そんなこんなでも、結局成り上がることすら出来ずに1年未満で休職しているのだから、これが本来の器なのだと思っている。身分相応、とはよく言ったものだ。
だけど部長、本当に私なんかに良い思いをさせてくれてありがとう。私がなれるわけもない製薬会社の正社員OLとしての肩書きをくれて本当にありがとう。ただのおっパブの客だと思ってたけど、「あなたは大学もちゃんと卒業したし頑張ってるじゃない。」って本当に嬉しかった。人生で初めて誉められたような気がした。父親にはそんなレベルの私大なら高卒で働けと言われてたし、大学卒業しても誉められるわけもないと卑下してた。自分の親が自分の進学を応援してくれたらどれだけ心強くて嬉しかったか。金はあるのに理想通りじゃないからって一銭も学費払わずに父親面かよ。東工大出身のお前の娘はおっパブ嬢イェーイwwwでも東工大出身でも、世渡り下手で友達もいなくて一人でウィスキーを飲むような父親にはなりたくないし、心が通じることもないだろう。ヒステリックだけど子供と動物が好きな母親も、貯金はないけど友達にも彼女にも恵まれている兄も、貯金はあるけど仕事も男も続かない私も。みんな均等がとれて、尚且つ器用だったらまた人生また違ったのかもしれない。
去年入院した時に、良い年して「誰も生んでなんて頼んでない」とか言ってたし、高校の時自殺未遂して怒られて、そのあと母親が「なんて言ったらいいか分からなかったのよ」って言っていたり、結局みんな不器用でした、で解決なのかな。一人暮らしして距離置いてからは、本当にただただ心が楽。否定されるべき人間性をもうこれ以上否定されないんだ、って。

今が一番人生楽。親の監視もなく自堕落に過ごせる今が一番人生楽。大学卒業して丸3年が経過するけれども正社員として計2年以上は働けたし(現在は相変わらず休職中)バリバリの社会不適合者ではないと安堵出来たしね。学生時代は就活も社会人も無理だと思っていたけれども、案外なんとかなるものだ。年を取るというのはそういうことなのかもしれない。

彼氏と上手く行かなかったらセフレ、セフレと上手く行かなかったら元カレ、元カレと上手く行かなかったらホスト、と異性関係については本当に何も誰にも期待していないから、すがる誰かしらがいれば良いけれども。主観的に見ても客観的に見ても本当に痛いし、くだらん男に依存するのも暇ですることがないからなんだろうなって。はー、趣味でも作ろーかな。
男が家に来るから香水を部屋に振りかけたりするような空っぽな女だから、何かを見出だすのは今は少し難しいかもしれない。

依存出来れば誰でも良かった

月1で生きた証を残すために作ったblogだけど3月分は更新していなかった。
3月はわりと平和だった。休職2ヶ月が経過した。戻ってとも、辞めてとも言われないし、正社員としての制度は活用させてもらう。上限1年は休職出来るのよね。でも来月で入社1年なのは早いな。新卒の会社を1年半で辞めて、職業訓練に通って、中途採用で入社した会社。正社員の事務職OLというありふれた肩書きを手に入れるのも、維持するのもどれだけ大変なのか、と身に染みている。
そして、どうして私はこうもまともな仕事も男も続かないのだろう。
でも頑張った先に何が残るのかと考えて、何も見出だせなくて、続ける努力もしなくて、本当に根性がないのだと感じた。
こんな自堕落な生活だけど、変化はあった。
男が家に通い始めたのである。まあ一人暮らししたらヤり部屋になるとか何人かに言われたけど。
すぐ結婚したいわけでもないのに婚カツパーティに行くのもしんどいし、義務のデートほど面倒なものはない。
婚カツパーティでカップリングした医者とも東大生とも義務のデートをした。競争率が高くて、スペックの良い男とカップリングすることで、承認欲求は満たされる。(性格悪いな)
でも、当たり前だけど身分相応じゃないな、っていうのが大きくて何も楽しくなかったし、性欲もわかなかった。高学歴が好きなのに。あわよくば結婚できたら勝ち組だろうなと思うけど、それまでの過程がダルいし、まあ付き合えても結婚出来ないのにつまらない義務のデートを繰り返すのはダルい。
向こうは私に何を求めるのだろう、と考えれば考えるほど答えが出なくて、もうこういうの嫌だし合ってないなと思った。一緒にご飯をしても、早く終わってよと願うばかりだった。
確かに最初だから猫は被るけど、高スペックな人間に、私のような女で地雷を踏んでほしくはない。
君たちは挫折を知らないだろう、女で挫折するのだけは可哀想だ。せめて社会で挫折してくれ。さらば。
で、家に通い始めたのは店のボーイ。電波な人だなーくらいにしか思ってなかったけど店休の日に飲みにいって、なんとなく家に持ち帰って、ハメた。
頭良い大学中退してて、メンヘラほいほいで、ガリガリで色白で、久々に性欲わいたから。
どーせお前あわよくばキャストとワンチャン感覚でサシで飲みに誘ったんだろくらいにしか最初は思っていなかった。色管でもなんでもいーよ、まあ仕事の活力もやる気もねぇけどな。そもそもボーイに期待してないしな、まあセクースで心の穴でも埋めてくれや、と。
「彼氏いるんだからこういうのは良くないよ」とか言われたけどだったら家に来るなよ彼氏と上手くいってねえんだよとかキレた。あ、てか男女逆だよね……。ゴムあるから大丈夫とか訳わからんこと言ってたし無料ソープくらいに思ってくれねぇかなって感じだったけどちゃんと付き合いたいみたいに言われて、なんかこの人ずれてるのかなと思った。
そもそも性欲はあまりなさそうで、だから良かったのかもしれない。性欲がいかにも強い肉食男子に食われたら、負けた気になるから。
「製薬会社のOL辞めたらもったいないよ。」「こんな仕事いつまでも出来ないよ。」とかさーうるさいよね。
てゆーかそんな正論、当事者が一番分かってるわボケ。でも、依存させてくれてありがとう。
もしかしたら私は彼のことが好きなのかもしれない。
上手くいかなくても期待はしてないし、なんもない人生が楽しくなったからそれはそれで良いのかもしれない。
依存させてくれて、店で贔屓してくれて給料上げてくれて働きやすくしてくれて、私としては一石二鳥だ。コスパがよろしい。
だからしばらく今のこの生活を続けようかなって感じ。
彼は、昼のまともな職歴のが圧倒的に多いから、ちゃんと今の仕事を辞めて昼間働くらしい。嬉しいんだけど、これでいいのだろうか。
さっきも書いたけど、相手は私に何を求めているのだろう。すぐヤらせるのは私の取り柄だけど、性欲そんななさそうで、自分からがっついてこないし。金もそんなないから金目的でもないか。じゃあ何を求めているのだろう。
結局私は依存さえ出来れば良いのだ。実家に戻ることもないし、両親は仲が悪いから家族に何かを求めることは出来ない。友達も少ない。性格に問題があるから仕方がないけれど。とまあ必然的に男に依存することになる。上手くいかなくなったらまた別の依存対象を見つけて生きていくのだろう。
こんなんだからロクな人生も送れなくて、自分が全くなくて、中身もなくて、男に翻弄されてなんとなく時間が過ぎていくという、くだらない人生。
でも依存する関係が上手くいくわけがないんだから、距離感を見つけながら生きていくしかないのだろうけど、それが出来ない。だから、相手が非常に不憫になる。
未来日記というアニメで「私は依存出来る人間なら誰でも良かった」という台詞があった。好きな異性に病的に執着する彼女の、達観した一面が伺える台詞とも言える。まあつまりはそういうことなんだよな……。

私は、これからどうやって生きていくのだろう。