悪夢に魘される

朝目覚めたら、泣いていた。
まぶたが腫れて、二重幅が広がってラッキーとか思ったりもするけれども、後味が良いものではない。
高校を卒業出来なかった夢を私は頻繁に見る。推薦で大学進学も決まったのに何故?もっと勉強していれば良かった。ママは怒るのかな。パパは呆れてそう。自分のこと嫌いな友達は笑っていそう。もう解放して、金縛りにあったかのような感覚の中私はそう叫び、目が覚める。
26歳の私は高校はとっくに卒業しているし、大学すら卒業している。だったら何故。
高校2年の頃の面談で、このままの成績だったら留年するかもしれないと担任に言われた。塾に行かせて勉強させますから、と母親が言っていた。ぐれていた私は茶髪にして説教されていたし、大学だって、選ばなければ推薦で何処かしらは行けるだろうとなめ腐っていた。初めて、現実に戻された瞬間だった。確かに私は甘かっただろう、高校は義務教育ではないのだから。
卒業式まで死にません』の本を大事にしながら、卒業式の日は、18歳までちゃんと生きたんだな、と嬉しくなった。
もう髪も染めても誰も怒らないし、化粧も学校にして行ける。バイトだって、堂々と出来る。人生で、ピークの幸せだった。
人生で一番辛かったのは脱処女した日のことでもなければ、オヤジに身体を売った日のことでもなければ、夜中に人のいない道を歩いていたらいきなり抱きつかれてレイプされそうになって警察に行った日でもない。そんなことは、私からしてみたらどうでも良いのだ。金を盗まれたって、ブスだと言われたって、そんなことも大した打撃にはならない。
高校2年の頃にあった出来事がショックすぎて、でもそれが思い出せなくて、思い出さないようにしているだけかもしれないけれども、少しでも思い出しそうになると叫びそうになるし、マスクの下で無意識のうちに何かをぶつぶつ呟いてしまい、自分を押さえようとしてしまう。もしかしたら全部が夢だっただけだとも思うし、全部が本当だったとも思うし、一部はただの被害妄想に過ぎなかった、とも思う。あの頃の私は、統合失調症のような症状があったと思う。「だったら殺せば良かったじゃん。」そう呟いた時に、確実に自分が自分ではなかった気がしたので、病院に行った方が良いのかと思った。
若くて多感な時期だから、そういうことがあるのなんて必然だと思う。むしろ、早いうちに色々挫折したお陰で、今はどんな失敗や経験をしても大きくは病まないし、大きな傷にもならない。だから感謝もしている。もうあれ以上何かに傷つくこともないし、とりあえず生きるしかない、と自己解決してしまう。良くも悪くも。
高校生が電車に飛び込んで自殺したニュースを見て、がっかりした表情をしながら母は言う。
「もう少し我慢したら大人になって、いいことだっていっぱいあったと思うのに。」
確かにそうだと思う。でも、大人になるまで長すぎたのだと思う。楽しい時間はあっという間だけど、辛い時間は本当に長い。その長さに耐えきれなくて、死を選んだのだろう。高校生の時期は、交遊範囲が狭いし、視野も狭きなりがちだ。
進学校の子が自殺する率が高いのならば、いっそその学校を中退すればいい。私は中退しないで後悔していないけれども、死ぬくらいなら別の学校に転校するのも考えの一つだ。進学校に入れるような地頭なら、また優秀な道があるだろう。大学受験、就職活動で、リベンジをする機会はいくらでもある。進学校にいる子が卒業したから勝ち組とは分からない。その後引きこもりになるかもしれないし、通り魔に殺されて、理不尽に人生が終わってしまうかもしれない。

すえのぶけいこの漫画『ビタミン』を読んで、衝撃を受けた記憶がある。主人公は酷いイジメを受けて、友達にも彼氏にも裏切られて、登校拒否になる。高校受験もしない、高校なんて行かない、漫画家になる、と母に伝えるが「人生終わりね。」と言われてしまう。「どうして人生終わりなんて言うの?私の人生はまだこれからなのに。」一部が自分と被って、涙がぼろぼろ止まらなかった。最終的に主人公は登校拒否だったが卒業式にも出て、漫画家デビューを果たす。自分とも学校とも向き合っていて、そこは私とは違うなと思った。でも、勇気をもらった作品だった。語彙力がないため、作品の良さを具体的に伝えることは出来ないが。
最近思う。不幸な人生だと思ってたけど、そうでもないのかもって。ただ、失敗が多すぎただけだって。
中学受験でどうしても行きたかった国立の中学に落ちたのは、今でも引きずってるしそれだって夢にも出てくる。塾の先生に、中学受験で浪人って出来ますか?どうしてもあの学校じゃないとダメなんです。内向的な自分を変えたいから、国立で、明るくて自由な校風で過ごしたくて。セーラー服は可愛いけど、校則の厳しい女子校はやっぱりヤダ…小学6年生の私は、夢の中でそう塾の先生に問いかけている。先生は、その時何を思っただろう。答えが分からないまま、朝が来る。現実と、嫌でも向き合わなければならない。大した現実は待っていないから二度寝をするものの、ずっと答えは分からないのだった。
目が覚めたって、アイドルのあの子にも、CAのあの子にも、専業主婦のあの子にもなっていない。冴えないもっさりした姿だけが、鏡に映し出されている。
「あなたは贅沢。その通ってた学校は馬鹿なんかじゃない。自分を卑下するのは辞めなさい。私は銀座のホステスでも頭のいい、ちゃんとした学校を出ている会話の出来る子を指名してきた。あなたのこともそう思っているのだから指名をしている。」
地元のキャバクラで働いていた時に、お客さんにそう言われた。そんな仕事、って思う人は沢山いると思う。別にそれでいい。ただ、私は嬉しかった。
「大人になったらいいことだってある、かあ」
未成年の学生時代に感じた感情らは、確実に過去になっている。だって、色々なことが割り切れるようになったから。
「人間の考えは変わるものだから。」自殺したいと言ったときに、そう送ってくれた愛人のメールも思い出す。変わったことだって、少なからずはある。
変わる気持ちがあればまた社会復帰だって出来ると思うし、気長に生活をしていくしかない。
母親に、一人暮らしをしていることを誉められたこと、ちゃんと貯金をしていて偉いと誉められたこと。ほら、高校の頃出来なかったことが、大人になった今、出来ている。大したことではなくても、少しだけでも進歩したことはある。あの頃、12階から飛び降りなかったから知り合えた人が、沢山いる。憧れていた人とセックスだってした。セックスなんて、ただのセックスなんかなんだけど。処女をあの世に持っていかず、良くも悪くも汚れたのかもしれないけど、生きていくのはそういうことだ。
明日は月曜日だ。電車に飛び込んで命を断つ人も、いつもより確率的に多くいるのかもしれない。
それでも私は、飛び降りて、人生の終わりを選ばない人間が多くいることに、ほんの少しの希望を見出だしている。