死がふたりを分かつまで

セフレが死んだ。
創作でも何でもなく、事実として存在しているこの事柄に関して、どういった感情処理をしたら良かったのだろう。今日で彼が亡くなって一ヶ月経つ。
21時55分に亡くなりました。の意味が分からなかった。お別れの時が近い、と更新された次の日だった。そんな急な訳ないと思っていたし、心の何処かで何らかの間違いだろう、そう思っていた。というよりも、そう思おうとしていたのかもしれない。
現実を受け入れるしかないのだと分かってからは、「今まで仲良くしてくれて本当にありがとう」とだけ伝えた。言いたいことはもっと他にもあったんだけどね。何も上手く言葉にはならなかった。
過去の21時55分に私たちは電話もしたし、ドライブもしたし、DVDだって一緒に見たし、セックスもした。彼女がほしいと言っていたから、一緒に街コンだって行った。最後に家に行ったときはセックスすることもなく、手を繋いで寝た。仕事で疲れていたみたいで、私よりも早く寝付いたようだった。穏やかな気持ちでそれを見届けると、私も気付いたら眠りについていた。
ご飯を二人分炊いてくれて「一緒に朝ご飯食べよう」と言ってくれたのにどうして私は仕事で朝早いから、と厚意を無駄にしてすぐに帰宅してしまったのだろう。
ゲームのイベントがあるから行こうよと言われた時に「雨だしまた今度にしない?」と何故言ってしまったのだろう。また今度なんてなかったのに。でもそんなの、その時は考えてもいなかった。だって私たちはLINE一本ですぐに会える間柄だったから。
気持ちの整理がまるでつかない。
初めて会ったのは二十歳の時だった。始発まで何をするってこともなく、池袋のドンキ前でたむろしてくだらない話しをしていた。彼はホストの体入終わりで、私はJKリフレの勤務終わりだった。始発が来ると同時に、私たちは解散した。
次に会ったのは自暴自棄な時期だった。私の髪はオヤジ受けを意識した黒髪から、汚いブリーチで明るくなっていたし、彼の家に着いた頃にはふらふらだった。倒れ込むように、家に入った。実家からも、仕事からも逃げたかった。特に偏見の目で見ないでくれて、それが救いだった。その日に私たちはセックスをした。精神安定剤を飲んでいて、あまり感覚はなかった。ふわふわしている気持ちの中、気付いたら行為は終わっていた。
今から2年前に、病名を告げられた。ねぎしでご飯を食べている時に。
「嘘だよね?」
私は、そう言うしかなかった。嘘つくような人ではないことくらい知っていたのに。彼はただ冷静に、
「嘘でこんなことは言わないよ。」
と言った。今まで明るくて、暗いところなんて見せてこなかった彼が、初めて真面目な口調でそう言った。そう言われた時、私はなんて返事をしたのか覚えていない。返事が出来たのかさえ覚えていない。
彼はちゃんと、生きることに向き合っていた。私は上手く行かないことばかりで嘆いてばかりいたのに、彼は常に明るかった。死にたいと言った時に、彼は悲しむことも怒ることもなく、「俺はそうは思わない。」とだけ言った。なんで私はあんなことを言ってしまったのだろう。言ってしまった直後に後悔した。
「死にたい」と言う者に対して、私は「じゃあ死ねば」とは絶対に言わない。彼も言わないでくれたけれども。自分が言われたら嫌だから、というのもあるけれども、死ねばなんて言える権限、誰にもない。病んでいて、よく死にたいと言っている友達がいて、可愛くて稼げて恵まれてるのにどうして?という疑問があった。だからって死ねばなんて思わなかったけど。その子は本当に自殺してしまった。だから、死にたいと言う人間に対して、死ねなんて言うべきではない。飛び降りた時の気持ちを考えると、心臓が痛い。でも、彼女はその何倍も痛い思いを味わったのだろう。
死にたいと今の私はもう言わないし、思わない。好きな人がいるから。会えるまでに通り魔に刺されたらどうしよう、とか車に跳ねられたらどうしよう、とか、付き合う前はそんなことばかり考えていた。つまりは死にたくないのだ。生にしがみつきたい。死んだら会えなくなるから、なんて短絡的かもしれないけど、生きたいという動機にはなっているはずである。彼も同じ生きたいという思いを抱いていたはずだ。だって言っていたから。「死にたくない」と。
彼の部屋にあった『蛇にピアス』のDVDを思い出す。彼は知り合って間もなく刺青を入れていたけれども、この作品に感化されたのだろうか。彼のスプリットタンにした舌を見るのが好きだった。『蛇にピアス』の小説の、印象的な台詞がある。
「アマと出会う前は生きるためだったらソープで体売るくらいの事はしてやるよ、と思っていた。それが今の私には寝て食べるくらいの事しか出来ない。今は、臭いオヤジとやるくらいだったら死んでもいいかなと思う。一体どっちの方が健康的なんだろう。ソープで働いてでも生きてやるってのと、ソープで働くくらいなら死んだ方がまし、ってのと。考え方としては後者の方が健康的だけど、本当に死んだら健康もクソもない。やっぱり前者の方が健康的なんだろう。」
すっかり気力がなくなってしまったというだけではなく、彼女は好きな人間以外に抱かれるくらいなら死んだ方がマシだと思ったのだろう。
私自身、好きな人がいる時はセフレに会いたくないし、身売りもしたくない。しかし、好きな人がいなかったり、上手くいかずに荒れているときはどんなことだって出来る。出来てしまう。乖離してしまう自己、躁の波に、自分自身でも着いていけない。
「棺の中にいるのは別人だと思いたかった。現実逃避する以外になかった。こんなに思い悩むって事は、もしかしたら、私はアマのことを愛していたのかもしれない。」
この文章に対しては賛否両論だが、私はしっくりくると思う。身近にいた時はそれが当たり前だったけど、喪失して気付く大切さ。大切なものは失わないと気付かないこともあるから。
セフレが死んだ、と書いたけど私たちの関係は一体なんだったのだろう。付き合ってはいなかったけどセックスはしたからセフレ?でもセックスは3回くらいしかしていないし、ほとんど家に行ってもなにもしないことが多かった。じゃあ友達?なんだったのだろう、彼と関わった6年間は。一回セックスをして、後腐れが残るのは、虚しいようで、嬉しいことなのかもしれない。他人にならずに、付かず離れずでもずっと関わってくれたのだから。
10人の男とワンチャンしたら3人の男は付き合ってと言い、3人の男はヤり捨てし、3人の男はセフレとしてキープしながら連絡を細々と取り合うような気がする。あとの1人は知らん。
セフレだか友達だかは分からないけど、それでも6年間関わりを持ってくれた彼。
夢を見た。バスの衝突事故で、眠っている間に私は亡くなっていた。私は事故の被害者で、即死だったとニュースで伝えられた。同情する者、ネタにする者、興味すらない者。
みんなどうして無視をするの?高校の頃に戻っちゃったの?私は、現世を彷徨いながら、周りに問いかけるものの、応答はない。その時に初めて、自分が亡くなったのだと気付く。魂しか、此処には存在しない。健康な肉体も、そこにはない。
「思ったよりも早くこっちに来たんだね。」
彼は笑いながら、そう言った。私は久々に彼に会えたことが嬉しくて、笑顔で頷いた。
ここは現世ではないことだけが、確実だった。そっかあ、私死んじゃったんだ。
高校の頃は生きるのが怖くて、死ぬことの方が怖くないと思っていた。でも、大人になってその考えはなくなったのに。
長い夢だった。現実と間違えてしまいそうなほど、それはリアルな夢で。
だけど、彼は夢の中で笑っていたから、私は嬉しかったような気がする。